『マッドマックス:フュリオサ』ジョージ・ミラー監督インタビュー──「”見るだけ”でも”聞くだけ”でも楽しめるような映画を追求した」
『マッドマックス』シリーズの5作目となる『マッドマックス:フュリオサ』が5月31日に公開される。生みの親であるジョージ・ミラー監督に、色合いやサウンド、メカニックのデザインソースなどについて尋ねた。 【写真を見る】『マッドマックス:フュリオサ』唯一無二の世界観をチェック!
前作から9年、ついに公開『マッドマックス:フュリオサ』
第88回アカデミー賞で最多6部門に輝き、日本でも社会現象化した『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)。その15年前を描いた物語であり、『マッドマックス』シリーズ第5作となる『マッドマックス:フュリオサ』が、5月31日に日本公開を迎える。 舞台は、荒れ果てた世界。緑豊かな秘境で生まれ育った少女フュリオサは卑劣なバイカー集団に拉致され、追いかけてきた母を目の前で殺されてしまう。そのリーダーであるディメンタスへの復讐と故郷への帰還を誓い、彼女は長い年月をかけてその牙を研いでいく。フュリオサをアニャ・テイラー=ジョイ、ディメンタスをクリス・ヘムズワースが演じた。 公開を前にシリーズの生みの親で、御年79歳のジョージ・ミラー監督にインタビュー。彼のイマジネーションの根幹にある「体験」や「チーム作り」について訊いた。 ■『マッドマックス』といえば、の色合いが生まれた理由 ──今作も独特の色調が印象的でした。この色合いへのこだわりを教えて下さい。 「このカラーリングは、前作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』から始まったんだ。色彩パレットを決めるにあたって、2つの過程を経てこの色合いに落ち着いたんだけど、まず最初は、モノクロがベストだと思っていた。荒野や砂漠など広大な風景のなかに人物や物体を置き、主に昼間のシーンが多い映画を制作する場合、より洗練され、より抽象的になるのはモノクロ版。写真を見て、構図の観点からもそうだと確信していた。 なぜそう思ったかというと、はるか昔『マッドマックス2』を制作した時、当時の作曲家たちは、楽曲制作にあたりモノクロフィルムを使っていたんだ。当時、最も安価なフィルムの形式は白黒だったからね。要は作業用のモノクロコピー版なんだけど、そこにグリースペンシルで(ここからここまで曲が必要だと)印をつけ、オーケストラがそれを観ながら演奏する。そうしたいきさつで私も『マッドマックス2』のモノクロ版をたまたま観て、「カラー版よりずっと面白いじゃないか!」と衝撃を受けたんだよね。 じゃあ『マッドマックス』シリーズもモノクロにすればいいじゃないか、という話なんだけど、世にあるディストピア映画やゲームは、一般的に単色で色は抑制され、空は陰鬱で……みたいなイメージが多い。それは避けたいとも思ったし、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』では、物語がほぼリアルタイムで3日間にわたって展開されるから、色がうんと控えめだとかなり退屈になるな、と考えたんだ」 ──そこであの特徴的なカラーが生まれたのですね。 「そう、そこでキーになったのはやはり砂漠だ。実際に砂漠に行くと、太陽の位置によっては、その色合いは多彩に変化する。地質によってもかなり変わるね。(初期作撮影地である)オーストラリアの砂には鉄分が多く含まれているから、赤っぽい色だ。海辺に近いところはより黄色っぽくなったり、より白っぽくなったりすることもある。そういった色を全て使ったのが『マッドマックス 怒りのデス・ロード』なんだ。 今回の『マッドマックス:フュリオサ』では砂漠に限らず様々な風景が出てくるから、同じようにいろんな色を使えたよ。ただその色は、単に白黒でないということだけでなく、豊かでなければならない。衣装のためにもいろんな色彩をデザインしたよ。でも実は劇中に緑や青の衣装を着ている人は出てこない。一部のキャラクターを除いて、衣装は単色に揃えられているんだ」 ■ユニークな効果音が生まれたきっかけ ──これも『マッドマックス』シリーズの特徴だと思いますが、車やバイクにまつわる音(走行音・駆動音・排気音)がどれも際立っていますよね。『マッドマックス:フュリオサ』もあの“音”から物語に一気に引き込まれました。 「そう、映画において音はとてもとても重要だ。以前私が出会ったある男性は、英国王立盲人協会の映画批評家だった。彼自身は目が見えるけれど、視覚障害者向けに映画批評を書いていたんだ。私は『目が見えない方で、映画館に行く方はどれくらいいるんですか?』と聞いた。すると彼は『驚くべきことに、みんな映画館に行くよ。サウンドトラックを聴き、音響(環境音や効果音)やセリフなどからどれくらいストーリーがわかるのかレビューするんだ』と答えた。その話を聞いて、私は『そうか、耳で観ているんだ』と気づかされた。 音のないサイレント映画を観ると、みんな『目で聞いている』ことがわかる。たとえサイレントでも、誰かが銃を撃ったり、人を殴ったりするような何かの衝撃が起こっている映像を見ると、そこから音が聞こえてくるような気がする。僕らはきっと、想像の中で音を入れているんだ。目が不自由な人が映画を『聞いている』場合、それと同じようなことが起こっているんだと思う。それに気づいたら、サイレント映画のように目で”静かに読める”映画や、目を閉じても耳でストーリーを楽しめる映画を制作するのが好きになってきた。さらにそれらを組み合わせると、もっと一貫性ができる。つまり、『目で見るだけ』でも『耳で聞くだけ』でも楽しめるような映画の追求だね」 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の主人公はセリフがほぼないことで知られ、『マッドマックス:フュリオサ』も同様に主人公のセリフはトータルでわずか30行ほどだ。これにより言語の違い、障害の有無に関わらず誰もが楽しめるインクルーシブな映画となっているといえる。 ■劇中での動きのスピードについて ──画と音それぞれを突き詰めることで、没入感と緊張感をもたらす効果もありますね。加えてお聞きしたいのは、出演陣のスピーディな動作についてです。緩慢な動きをしている人は見当たらないほど統一化されていますが、現場などでどのように構築されたのでしょう。 「ほとんどのシーンは、ストーリーの中で意味を持たなくてはならない。つまりストーリーの核につながっていなければならないんだ。そしてこの映画は、誰もが生存のために争っている世界での物語だ。実際、ほとんどのストーリーやドラマは何らかの形で”争い”に依存している。そして、それはキャラクターにとって自然な行動なんだ」 ──つまり『マッドマックス:フュリオサ』での各動作は生きるか死ぬかに直結するからこそ無駄がなく、俊敏になるのですね。必然性が宿るといいますか。 「撮影現場にいるときに気づいたことがある。映画を観るとき、暗い映画館の中や家で我々はリラックスしていたりするけれど、撮影現場の環境とは違う。そこではたくさんの人がいて騒音もあり、人の意識や状態も違う。だから自然と感じる動きより1.3倍ほど速く演じるべきなんだ。だって映画館では画面に映っているものを観る以外、他にやることがないからね」 ──現実に即した速度だと、観客が飽きてしまう、と。 「ただ、私の初期の映画では、物事の進みも会話のペースも遅すぎた。実際、優れた映画、特に1940年代の名作を観ると、会話のペースは速い。だから必然的に俳優たちの演技も速くなる。もちろん”急ぐ”必要はないが、明確な意図がある場合を除いて、ポーズ(休止)を入れすぎると映画の進みがスローになりすぎてしまい、特に映画館で見る場合はあっという間に退屈してしまうんだ」 ■唯一無二のメカデザイン ──『マッドマックス:フュリオサ』に没頭してしまう理由の一端を知った気持ちです。そして本作は、タンクVSバイカー軍団のシーンなど、観たこともないようなアイデアの宝庫です。こうした独創的な発想の数々は、どうやって生み出されたのでしょう? 「やはり肝要なのは、自由な発想を促すチーム作りだね。そしてそのためには、意識の統一が必要になる。キャラクターがたくさんいたり、様々な要素があったり、そして何よりも大規模なクルーがいたりする場合に重要なのは、どうやって皆が同じ方向に向かうかだ。実際、現場のクルーは1000人もいたよ。すごい人数だよね。では、どうやってみんなが同じ認識を共有したらいいのか? 監督の仕事とは、すべての人が一貫した目的で作業しているかを確認することだ。映画のあらゆるレベルにおいて、彼らが物語を動かす同じ指針を共有していること。デザインする全ての瞬間でそれを共有していなくてはいけない。一貫性のあるデザインがないと、あまりにもランダムになってしまうからね。モザイクの全てのパーツがうまく合わなくなってしまうんだ。だから私の仕事は、みんなにそれを理解させることなんだ。全てのデザイナー、小道具係、車両係、俳優、衣装係――さらには全てのジェスチャーや人々が話す言葉さえも、特定のチェックリストに従わなくてはいけない。これはルールではなくてツール(道具)であり、みんなをガイドする小さな羅針盤なんだ。これが本当の意味で、アイデアを生み出すキーポイントだよ」 ■統一されたコンセプトが全スタッフの羅針盤になる ──各クリエイティブの根幹に、明快なチェックリストが存在していたのですね。 「前提としてチェックリストにみんなが同意しているかを確認し、それに従っていることが一貫性につながる。各々のいわばデザインツールが共通していて、全体を形作ることになるんだ。映画に限らず、どんなチームでも、どんなグループでも協働するときに使えるやり方だよ。 こうしたチームマネジメントについて私は長い間興味を持っていて、それについて研究もした。本当に優れたスポーツチームやそのチームの文化、優秀なオーケストラのメンバーが一緒に働く方法、優れた外科チームについてね。私は若い頃に医者として働いていたんだが、偉大な外科チームの働き方が興味深かった。それぞれのコミュニケーションがものすごく自由なんだ。ヒエラルキーはなく、周りの人に命令することもなく、みんなが一体となって働いていた。 心臓手術のための新しいロボティックスを学ぶために、シドニーのある病院のチームがアメリカに研修に行ったときの話をしよう。かれらは、外科医や麻酔医や看護チームと同じくらい掃除スタッフを重要視していて、みんなで一緒に渡米したんだ。そこのチームのリーダーはとても謙虚で素晴らしい外科医だったよ。彼が私にこう言ったのを覚えている。『考えてみてほしい。もし掃除スタッフを連れて行かなかったら、手術室での手術は悲惨なことになるよ。手術室に汚染があれば、他の全員の仕事が無駄になるからね』と。 それほどのレベルの仕事を、全ての優れたオーケストラ、スポーツチーム、そしておそらく全ての優れた映画クルーは行っている。そしてそれがこういった映画の制作を推進する要因の一つだ。長い回答になったけど、理解できたかな(笑)」 ジョージ・ミラー監督最新作『マッドマックス:フュリオサ』は5月31日より全国ロードショーされる。 『マッドマックス:フュリオサ』 2024年5月31日(金)全国公開 日本語同時上映 日本語吹替版/IMAX®/4D/Dolby Cinema®(ドルビーシネマ)/ScreenX
文・SYO、編集・遠藤加奈(GQ)