鳴門渦潮「185球完投」に賛否の声、背景にあった徳島県が抱える“特殊事情”
特殊な推薦枠が選手の分散を生む
徳島県教育委員会のホームページからこの制度について引用してみよう。 <育成型選抜> 募集人員:各高等学校の募集人員は、次に示す範囲内として、高等学校ごとに示します。 〇普通科、理数科及び外国語科は、募集定員の7%以内、専門学科(理数科、外国語科、体育科及び芸術科を除く)及び総合学科は、募集定員の14%以内 ただし、募集人員の計が8人未満になる高等学校は8人以内 (県外から志願する者の合格者数が「人数制限なし」の高等学校は、12人以内) 〇体育科及び芸術科の募集人員は、募集定員の100% 〇県教育委員会が定める指定校は、運動部指定競技及び文化部指定分野の募集人員を別に定める。 つまり、文化芸術分野やスポーツでの実績がある生徒向けの募集枠があるわけだ。体育科に該当する「スポーツ科学科」を有する鳴門渦潮はこの部分ではやや有利とも言える。 しかし、育成型選抜を希望するのは野球も含めたすべての競技である。鳴門渦潮の野球部も当然、全国レベルにある女子サッカー部などと選抜枠を調整する必要がある。なお付け加えれば、硬式野球部門はどの学校も「県教育委員会が定める指定校」とはなっていない。 ある県内公立校の指揮官は育成型選抜の現状をこう話す。 「8月1日から来年度の育成型選抜について、中学校校長の許可を得たうえで本人と当該部活監督が面談・ガイダンスをできる時期が始まっているんですが、優秀な投手にはどうしても複数校から選抜の話が来ます。選手側の立場からすれば、『2番手投手でもいいから行きたい』とはならないですよね」 つまり、この制度によって、有望な選手が分散してしまうのだ。この夏、徳島県では140キロ超の投手が岡田、吉岡、川勝を含め8校に登場したが、これも「育成型選抜」の功罪合い半ばした側面である。
それでも「複数投手確立」の努力を
さらに徳島県では今夏参加28チームに留まっている野球人口減少も「エースと心中」する傾向を呼ぶ要素となっている。先述の県内公立校指揮官は指摘する。 「夏の徳島大会はシードだと4試合、ノーシードでも5試合勝てば甲子園に行ける。となると1人の良い投手がいれば、勝ち抜けてしまえるんです。プロや社会人野球に進めるようなタフな投手を育成するのにはいい状況かもしれないですが、2番手投手を作らないと必然的に優勝するのが難しい他の都道府県と比べると差が出てしまいます」 実際、3年前は阿南光の2年生左腕・森山 暁生投手(現:中日ドラゴンズ)が1人で徳島大会を投げ抜き、初戦敗退した甲子園でも179球完投した。 昨年は徳島商の右腕・森 煌誠投手(現:NTT東日本)が徳島大会からの7試合で859球を投げ1人でマウンドを守り抜いた。酷暑の下での試合での選手の健康管理や将来を鑑みると「1人エース」は決して美談にはならないだろう。 徐々にではあるが徳島県でも複数投手制は始まっている。一例をあげれば、徳島科学技術。「それぞれの投手の特長を使い、チームのリズムを作って勝つ確率を上げる方法を考えた」と北谷 雄一監督が言うように、この夏、右サイド・毛利 心哉投手(2年)から最速138キロ左腕・宮内 侃丈投手(3年)へつなぐ継投策で戦った。準々決勝では阿南光を土俵際まで追い込む健闘をみせている。 大会途中、負傷で140キロ超右腕の藤倉和人投手(2年)を欠いた城東も、本来二塁手の長谷 鴻志郎投手(3年)がサイドハンドとしてオープナーを務め、140キロ超右腕・岡 一成投手(3年)につなぐ秘策を見せ、準々決勝では前年覇者・鳴門を撃破した。 環境を言い訳にせず、状況に応じた育成を考えれば、一人のエースに頼らない体制を作ることができるのだ。 「185球完投」によって改めてクローズアップされる形になった徳島県高校野球の現状と課題。 2016年、左腕・河野 竜生投手(現:日本ハム)を軸に複数投手を使いながらベスト8に進出した鳴門以来、8年間ない「夏の甲子園2勝目」へ向け、徳島県の高校野球が新たな時代を切り拓いてくれることを望みたい。 なお、一時は「野球は高校まで」のつもりだった鳴門渦潮の岡田は、野球の深みに気付き、大学でも野球を続けることを決めた。 取材・文/寺下友徳
寺下 友徳