「謙虚は美徳ではない」。伊藤忠CEOが断言、仕事ができる人に共通する5つのこと
5.「謙虚であることは美徳」と考えていない
スイスの国際経営開発研究所(IMD)は毎年、世界競争力ランキングを発表している。2023年、日本の順位は35位で、過去最低だった。1990年初頭までは日本の競争力は世界1位だったが、その後、ずっとランクを下げている。 一部の日本企業は業績を上げているけれど、国の競争力は低いままだ。 岡藤は「謙虚は美徳である」と思い込み、主張しないことをよしとする日本人が多いので、こうしたランクになってしまったのでははないかとも考えている。 「僕は世界競争力ランキングを別の視点から見ている。この調査は政府や国際機関が公表する客観的な統計データによる評価、企業経営者へのアンケート評価を組み合わせたものです。たとえば、国内総生産(GDP)などの統計データの評価は16位だが、経営者の主観で答えるアンケートでは自国、日本に対する評価が低い。それで合算すると35位になってしまう。 経営者もそうだが、日本人は一般に謙虚で、自己評価を厳しくする傾向にある。それほど危機でもないのに、自信を失っている。 世界の国を見てごらんなさい。日本人のように謙虚に自己評価する国なんてないですよ。ほとんどの国の人たちは自己肯定的に発信している。日本人も遠慮せずに堂々と自己主張しないといけない。 過度に謙虚な姿勢は弱腰と見られてしまうだけや。謙虚な姿勢を通すと『あいつは自信がないんやな』と判断されるだけ。そうすると国際競争では不利になるでしょう。謙虚さを発揮しようと思ったら大谷選手のように圧倒的に強くなることや。強さに裏打ちされた謙虚さでないと、弱いやつだと見下される。 思うに日本は長い間、鎖国していたでしょう。海があって攻められるリスクが少なかったから、自分を大きく見せる必要がなかった。 一方、中国や韓国は攻められた歴史があるから、外に対しては常に強い姿勢で臨むしかなかったんやな。だから、彼らの交渉には迫力が感じられ。ビジネスの交渉現場でも威圧感は大事だ。日本人はもう上辺の謙虚さを捨てなくちゃいけない」 岡藤は単に強気になれ、自らを大きく見せよと豪語しているわけではない。卑下するな、弱腰になるなと言っている。そして、謙虚さ、律義さは完璧を目指しているからこその表れと考えている。 何に対しても完璧を望むことは悪いことではない。だが、その気持ちはソフト技術の充実と革新に向けるべきだと考え、実行に移している。 現に伊藤忠はグループをあげてソフト技術の革新と川下部門へのビジネスの展開を始めている。 岡藤は言う。 「僕は謙虚さや律義さは製造業の納期を守る心から来ていると考えている。それがあったからお客さんから信頼されてきたわけや。ただ、今は納期を守るだけでは勝てない。かつては世界が驚く日本製品がいくつもあった。だが、世界を席巻したソニーの『ウォークマン』のような商品は近頃、見当たらないでしょう。それは技術が衰えているのではなく、優秀な頭脳とお金を川上と川中に集中し過ぎているからじゃないのかな。 部品と素材はいいものがある。完成品で売れているものは少ない。日本の優秀な部品、素材を最終製品に仕上げるのはアメリカ、中国、韓国企業になってしまった。これは悲しい。ヨーロッパの高級ホテルに泊まってみてください。かつては部屋にあるテレビはソニーやパナソニックと決まっていた。だが、今ではサムスンかLGだ。海外に行って日本の最終製品を見かけないと、なんだか負けたような気持ちになる。 モノづくり大国と言われて久しいけれど、感覚がずれている。もっと完成品にも投資していく。だって素材、部品は使われなくなったら悲惨だ。iPhoneの画面だって液晶から有機ELに代わってしまい、日本企業は納入できなくなった。これ、ちゃんと考えて実行しないといけない」 (文中敬称略。第15回に続く) 野地秩嘉(のじ・つねよし): 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』など著書多数。
野地秩嘉