「ロールモデルがいない」三浦瑠麗と蜷川実花、それでも捉われた「昭和の育児」の呪縛
集団行動になじめなかった学校生活。ものづくりへの熱意。強い風に煽られながらも、最前線に立ち続ける覚悟-------。国際政治学者の三浦瑠麗と写真家・映画監督の蜷川実花、唯一無二の存在感を放つ女性ふたりの異種対談。「わたしたちには、ロールモデルがいない」。仕事人として、家庭人として、今を輝く2人には、意外にも多くの共通点があった。(取材・文:山野井春絵/撮影:木村哲夫/Yahoo!ニュース オリジナル RED Chair編集部) (※2021年2月の再配信です)
学校にはどうしてもなじめなかった二人
三浦瑠麗と蜷川実花。一見接点のなさそうな2人だが、社会学者の古市憲寿が主催するパーティーで何度か顔を合わせており、「いつかゆっくり話してみたい」相手だったという。お互いに第一線で働きながら子育てをするママ同士。「なんとなく保護者会みたいな気分ね」とはにかみながら、和やかに対談はスタートした。
三浦:小学校、ちゃんと行ってました? 蜷川:意外とちゃんと行ってましたよ。でも常に苦手で、好きだったことはないですね。 三浦:私もそれなりにいい子をやってたんですけど、あまり行きたくなくて。いわゆる保健室、図書室組でした。途中で脱走したり。 蜷川:脱走? 私のほうが脱走しそうに見えるでしょうね(笑)。絶対人生にこの勉強は必要ないって思いながら、授業を受けてたな。2カ月に一回くらいストーブに体温計をヒュヒュッと近づけてサボってみたり。
三浦:私は、自分が置かれている環境をそんなに受け入れてないけど、全部自分で処理してしまうというか。親にちゃんと相談できない子、みたいな感じでした。 蜷川:私は両親に、全部見抜かれていたと思いますね。反抗期があったわけでもないし、学校で暴れるわけでもなく。ただ、そんなに勉強ができず、ぼーっとしてたけど、友達はいないわけではない……みたいな感じかな。 三浦:それって名前が付けられないんですよね。不登校でも、いじめにあっているわけでもない。なんとなく、なじめないという感覚。 蜷川:私は私立の女子校へ進学したんですけど、どうしても合わなくて。気持ちだけがどこかに、完全に教室の中では違う世界に住んでいた。 三浦:妄想系ですよね。私も机の下に隠して本を読んで、別世界に行ってました。みんなで同じ方向を向いているのが苦手で。いまだに私、90分の講演はできるけど、90分授業聞くのは駄目なんですよ。 蜷川:私もそうですね。映画館や劇場もつらくて。もちろん見るけど、モゾモゾ、モゾモゾ。ずっと同じ場所に座っていられない。 三浦:集中して編集はできるわけだから体質的な問題ではなくて、あれは他人が作ったものを見させられる居心地の悪さ、なんですよね。 蜷川:そうそう。自分で選べない苦しさというか。私あれが本当に苦手で。授業でも、読めば分かることをずっと音読されるじゃないですか。だから落書きをして時間をつぶすとか。全然違うことを何とかして考えるとか。 三浦:私もよくテストの裏に十二単のお姫さま描いてました。こういうことって、相手から提供されるお仕着せの定食メニューを延々と聞かされ、見させられるっていうことに対する苦痛って考えていいんですよね。 蜷川:そう、それは激しい拒絶感。私は最近になって、学ぶことが楽しくなった。映画の原作の、その時代背景を調べるとか、使えそうな画像を延々と集めたり、それがもう小躍りするぐらい楽しくて。自分が学びたいことはどこまででも寝食忘れてやれるんだけどね。食べたくないもの食べさせられると…。 三浦:やっぱり、つらいんですよね。