【追悼】最後の「生粋の無頼派」福田和也は、いったい何者だったのか 瞬く間に「文壇の寵児」「保守論壇の若きエース」に急成長したが
彼はあるいはここで、江藤淳に託して果たせなかった自身の「夢」を語っていたのかもしれない。 なぜなら江藤淳の「大人」が、4歳で母を亡くし、60代半ばで、先立たれた妻を追うように自死した彼の痛々しい「夢」であったことを、福田和也が知らなかったはずはないからである。 つまり彼はここで、小林秀雄いらいの批評という名のフィクション=「夢」に危機的に接近していたと言えよう。もとよりそれは、死を引き寄せる「夢」以外ではなかったのだ。
福田よ、煙となり雲になって消えた福田和也よ、72の年男になった私はいま、文学的な野垂れ死にを覚悟して、昔読んだ本を読み直し、一冊ずつ捨てているところだ。 次の一冊は、お前さんの『甘美な人生』にしてやろうか。 だがそれにしても、この夏はどこまでも惨く、堪えたな。 じゃあ、次はお墓で会おう、あばよ。
高澤 秀次 :文芸評論家