「ニセモノ」の存在が「本物」の”善人”を駆逐する…人間だけが「読心術」を獲得できたおぞましすぎる理由
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第26回 『「心理学/数学/経済学/社会学…最強はどれだ?」…人間の協力関係を制す“最高の戦略”を導き出した“20世紀で最も有名な実験”の衝撃』より続く
「緑髭効果」
相互の協力関係を成立させるには、まずは協力相手として適切な人物を特定しなければならない。そのためには、情報を集めて、協力の申し出に誰が協力で応じるか、そして誰がこちらの善意を悪用しようとするかを見極める必要がある。 したがって、相互協力の発展には“社会的シグナル”が極めて重要だ。社会的シグナルが、特定人物が信頼の置ける協力相手であることを示す、ほぼ唯一の手段となる。相互協力の連鎖を始めるのに欠かせない情報の需要を満たすには、適切な協力相手であることを外に向けて証明するわかりやすい特徴があれば好都合だ。 進化生物学者らはそのようなシグナルが存在するのか、存在するならどのような仕組みなのかについて、これまでずっと議論を続けてきた。そのようなシグナルの例として「緑髭効果」がよく知られている。いちばんわかりやすいのは、協力相手の候補が善良な人物であることを示す、誰にでもわかる身体的な特徴、たとえば緑色の長い髭を生やしている場合だろう。 しかし、緑色の髭は自然界では極めてまれであり、その遺伝コードは、次の3つの条件を同時に満たさなければならない。(a)緑色の髭を生やす、(b)緑色の髭をもつ他人を確実に認識する能力を形成する、(c)緑色の髭をもつ他人(だけ)に対して利他的に行動する性質を獲得する。 だが、遺伝情報は絶えず組み換えられるため、そのうち突然変異が起こり必ずニセの緑髭が生まれる。このニセモノは外的なシグナルは発するが、貴重な利他的特性を欠いている。遺伝子の偶然の組み換えによって、3つの条件のうち3番目の条件が切り離される。この「ニセ髭」は自然選択の過程ではつねに有利な立場にあるため、最終的には本物の緑髭を駆逐するだろう。
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