前代未聞の事件はなぜ起きたのか? レスリング世界選手権を揺るがした“ペットボトル投げ入れ事件”<RS of the Year 2024>
狂気とペットボトル――。前代未聞の事件はなぜ起きたのか?
ここで前代未聞の事件が起こった。 筆者の隣から何者かが試合中のマットに水の入ったペットボトルを投げ入れたのだ。衝撃によってペットボトルから水が溢れ、マットを濡らした。すぐ試合は中断された。
そのときわたしは首に一眼レフカメラをぶら下げていたが、犯人にレンズを向ける勇気はなかった。距離が近すぎるし、そうすることで彼の怒りの矛先がこちらに向いてくることが十分予想できたからだ。身の危険すら感じた。遠目から望遠で写真を撮っている記者がうらやましかった。 犯人はすぐ立ち去ろうとしたが、すぐさま複数の係員が小走りにやってきて彼を取り囲み人気のないところに連行した。
犯人はすぐ特定された。ゲラエイの実兄でグレコローマン77kg級のモハマダリ・アブドルハミド・ゲラエイ(イラン)だった。その兄もまた今回の世界選手権に出場しており、前々日に試合を終えたばかりだった。弟のまさかのピンチにいてもたってもいられず、衝動的に暴挙を犯してしまったのだろうか。 犯行場所はプレスのID(身分証明書)を持っている者しか入れないエリアだったので、なぜゲラエイ兄がそこに入ってこれたのかわからない。もしかしたら、弟の万が一に備え、ペットボトルを片手にマットを見渡しやすいプレスエリアに侵入してきたのだろうか。 いずれにせよ、このアクシデントによってゲラエイは十分なインターバル(休憩)を得ており、試合が再開される頃には体力も回復していた。それでも、曽我部は場外に押し出したポイントでスコアを10-10のイーブンにしたが、このままだと一つの技で4点というビッグポイントを奪っているゲラエイの勝ちとなる。 果たしてゲラエイは“逃げるが勝ち”とばかりに組み合おうともせず、試合を流そうとした。何一つ攻めていないのだからコーション(反則による減点)の対象になってもおかしくなかったが、この試合を裁いた主審はそうしようとしなかった。結局、10-10のまま試合終了のホイッスルが鳴らされた。