太平洋を見晴らす絶景の日立駅と北茨城の芸術を楽しむ
秋の海は優しくて、美しい。駅から太平洋の絶景を望める茨城県の日立に行ってみよう。北茨城市の五浦(いづら)海岸に点在する明治の美術家・岡倉天心ゆかりの施設にも足を延ばし、芸術の秋を味わいたい。思い立ったらすぐ出かけられるのがひとり旅の醍醐味。常磐線の特急に飛び乗った。 日立駅の橋上駅舎は2011年に完成し、壁面がガラス張り。朝の日を浴びて銀色に輝く太平洋が広がり、水平線まで一望できる。改札を出て自由通路の突き当りが展望イベントホールで、その右手に「シーバーズカフェ」がある。この店も全面ガラス張りで、「景色を見ながら食事をしたくて来たという声をたくさんいただきます」と店長の力武(りきたけ)綾さん。人気のパンケーキで腹ごしらえし、今度は常磐線の普通列車に乗り込んだ。車内はのんびりした雰囲気で、すぐに眠気に襲われる。それでも、水田の向こうの松林の間に海がちらちら見えると心が浮き立つ。 【写真】シーバーズカフェのオリジナルパンケーキと海色クリームソーダ
大津港駅で降りて、五浦海岸沿いの茨城県天心記念五浦美術館へ。岡倉天心は明治時代の美術指導者で、東京美術学校(現東京藝術大学)の校長を務め、日本美術院を創設。英語も堪能で、米国のボストン美術館の中国・日本美術部長の職に就き、日本文化を紹介する本を多く著すなど国際的に活躍した。1903年、自らの思索の場とするため、風光明媚な五浦海岸の土地と家屋を購入。3年後に横山大観、下村観山、菱田春草(しゅんそう)、木村武山(ぶざん)の4人の門下生を呼び寄せ、日本美術院を移して活動拠点とした。 学芸員の塩田釈雄(しゃくゆう)さんは「天心は、見渡す限りの海と断崖絶壁の上というこの空間が気に入り、画家たちに制作に集中させるための理想郷にしたかったのでしょう」と話す。館内の岡倉天心記念室は、天心の生涯や五浦での生活をたどることができる、書簡、遺品、写真、門下生たちの作品などが展示されている。 隣接地には、天心が実際に生活した場としては国内で唯一現存する天心邸や、天心が思索にふけった六角堂、往年の姿を残す長屋門などの「天心遺跡」が残る。海辺の岩壁に立つ六角堂は、2011年の東日本大震災の津波で流されたが、一般から寄付金を募り、翌年には創建当時の姿で再建された。 五浦海岸は「日本の渚100選」とともに、「日本の音風景100選」にも名を連ねている。大海を渡ってきた波が岩礁や断崖にたたきつけられる音が、絶え間なく響き渡る。六角堂に一人たたずみ、天心は波と対話していたのかもしれない。