四つの思考法を成立させることと「未来から来た会社」グーグルとの共通点
人口が減少し、社会の成長が見込めない時代といわれます。一方で、科学技術の進化が、高齢化の進む日本の未来を、だれにとっても暮らしやすい社会に変えるのではないかともいわれています。わたしたちは一体どんな社会の実現を望んでいるのでしょうか。 幸福学、ポジティブ心理学、心の哲学、倫理学、科学技術、教育学、イノベーションといった多様な視点から人間を捉えてきた慶応義塾大学教授の前野隆司さんが、現代の諸問題と関連付けながら人間の未来について論じる本連載。16回目は、連載14、15回で触れてきた四つの思考法とその四ステップを同時に成立させている企業グーグルを取り上げます。 ----------
前々回から今回まで(14~16回)は、2010年に出した『思考脳力のつくり方 ── 仕事と人生を革新する四つの思考法 』(角川ワンテーマ21(新書),2010年4月)について述べています。 この本は、2008年に、新しくできたシステムデザイン・マネジメント研究科(SDM)に移って、そこでヒューマンシステムデザイン研究室(別名:前野研究室、略称:ヒューマンラボ)を始めた頃に、SDMやヒューマンラボの基本的な考え方を私なりにまとめた本です。四つの思考法とは、要素還元思考、システム思考、ポストシステム思考、システム思想。 今回は、グーグルジャパン名誉会長の村上憲郎氏の話について述べます。
四ステップを同時成立した会社
さて、話は変わって、グーグルの話を書こう。 グーグルジャパン名誉会長の村上憲郎氏に大学院の特別講義をお願いしたことがある。一見、世界を制覇しそうな会社にも思えるが、お話を聞くと、原則を守った堅実で謙虚な会社だ。グーグルは、なんてバランスのいい会社だろうとつくづく思った。 グーグルは、CO2ニュートラル(要するに、CO2排出と削減のバランスを取り、合計をゼロにすること)を目標に掲げていて、スマートグリッドという電力配電網を提案したり、社員がプリウスに乗るなど、環境に優しい会社だという印象がある。 しかし、謙遜もあろうが、環境に対する高い倫理感があるからやっているのではないという。 社員は三つの単純なルールを守ることがグーグルの社是となっている。すなわち、世界中の人が世界中の情報にアクセスできるようにすること、基本的にサービスは無料とすること、そして、基本的に広告収入しか得ないこと。 これを守り続けるためには、巨大なサーバの電力消費を抑えないと、将来事業が成り立たなくなる。だから、スマートグリッドなどの手法を用いて、環境配慮を行っている。 つまり、きれいごとだけではなく、問題を現実のビジネスとして捉えた結果、自然と環境配慮に行き着いている点が美しい。 三つの社是は、同時に、会社のコーポレートアイデンティティーやサステナビリティーの維持にもつながっている。もしも、課金を行うサービスを始めたら、儲かるかもしれないが、業態が複雑化して対処しきれなくなる。情報支配という非難も高まるだろう。 このため、成功したクリーンなビジネスモデルを頑として守り続ける。利用者からはお金を取らない。また、情報を検索しやすくしているだけで、情報を支配する気は全くない。そもそものコンセプト自体が、ユーザーに優しい。 村上さんは、グーグルにはもともと現在の経営コンセプトがあったのではなく、たまたま時流に乗っただけ、ともさらっとおっしゃっていた。これだけ戦略的に発展していながら、根本のところは欲深くない。 また、村上さんが、グーグルは未来から来た会社だ、と言われていたのが印象的だった。さらに、村上さんは、同時に日本の将来を憂いておられた。私は外資系に三十年も身を売っていたんだけどね、と言いつつ、日本を愛するものとして、これからは日本のために何かしたい、と。 要するに、グーグルは、大規模複雑システムであるにもかかわらず、要素間のバランスのいい会社だと思う。環境問題と会社の存続、人類の得るもの、日本の将来といった様々な価値を、システム思考的に並立させている。その上で、現実のビジネスは要素還元論的に徹底的に詰める。しかし、同時に、将来は予測できないことを理解し、保守的とも思えるサステナブルモデルを持っている点は、ポスト・システム思考的だ。そして、最後に、村上さんの懐の広い人間性や、会社のコンセプトの本質的な利他性は、システム思想的だ。 さすが、未来から来た会社。異なる多様な価値観をバランスさせながら、未来を作っていく。しかも、思いのほか謙虚で、社会貢献的にも見える会社。もちろん、そうは言いながら、大成功をおさめている会社。 いきなりグーグルの例をあげたのは、四ステップの同時成立性が理想的だからだ。本書の四ステップと相似な構造を実践している会社だと思う。