自分の心と体の声に耳を傾けメンタルヘルスを改善。ヨガ哲学と心理療法の共通点
心と体の声、聞こえている? 自己観察がメンタルヘルスには重要
──なぜ、自己観察をすることがメンタルヘルスには大切なのでしょうか? 南:自分の心と体の声に耳を傾けるクセをつけることで、知らぬ間に心と体のバランスが崩れてしまうことを防ぐことができるからです。 例えば、そばにいる人から見ると明らかに過労なのに本人はまったく自覚がなく、気づいたらうつ病になっていたというケース。 心身相関という言葉があるように、本来、心と体はリンクしていています。しかし、このケースでは、体は疲弊しきっているのに、その声を無視して気力で頑張り続けてしまい、結果として心と体の足並みがずれ、限界を超えてしまった。こういったことは、働く世代には珍しくないかもしれません。 でも、「今、自分に対して非暴力な姿勢でいられているか」と自己観察するクセがついていれば、適切なタイミングで休息を取れますよね。またポーズの実践を通して、心身を観察するクセがついていれば、疲労の蓄積にも感覚的に気づくことができます。 ヨガは“つなぐ”という意味のサンスクリット語。まさに実践することで離れてしまった心と体をつなぎ直すことができるのです。
科学的なエビデンスが、むしろヨガ哲学の不変性を裏づけている!?
──近年、科学が進歩し、ヨガ哲学を支持するエビデンスも出てきているようです。臨床心理の観点ではそういったことはありますか? 南:アメリカのイリノイ大学の脳神経学者スティーブン・ポージェス博士によって1994年に提唱された自律神経に関する神経理論「ポリヴェーガル理論」が、古典的なヨガ哲学にでてくる「グナ」という考え方と相似していることが指摘されています。 ポリヴェーガル理論とは、これまで2種類と考えられていた自律神経が実は、交感神経、腹側迷走神経複合体、背側迷走神経複合体という3つで成り立っているという理論です。 一方、グナとは、サットヴァ、ラジャス、タマスという世界を構成している3つの性質のことを指し、ヨガ哲学ではあらゆるものがこのいずれかに当てはまると考えます。 3つのグナ サットヴァ(純質):幸福感、安心感に満ちたバランスの取れた状態。 ラジャス(激質):怒りなど激しい感情でたかぶっている状態 タマス(鈍質):怠惰で無気力、不活動な状態 人の感情だけではなく、例えば、旬の野菜を使い、できたての味噌汁はサットヴァ、辛い食べ物など刺激が強いものはラジャス、過度に加工されていたり、作られてから時間が経っているようなインスタント食品はタマスといったように、食材をはじめ、あらゆるものがいずれかの性質に当てはまる。 この3つのグナがポリヴェーガル理論の3つの自律神経の働きと一致していて、腹側迷走神経複合体はサットヴァ的な穏やかで安心安全な状態、交感神経はラジャス的な闘争状態、背側迷走神経複合体がタマス的な無力感や凍りつき状態に当てはまるといわれています。 メンタルヘルスのためには、サットヴァな状態へ導く腹側迷走神経複合体がきちんと機能していることが重要で、ヨガのメソッドがその活性化を助ける可能性が指摘されているのです。 つまり、ヨガを実践することでできるだけサットヴァな状態を目指すことを説くヨガ哲学は、ポリヴェーガル理論とシンクロしていますよね。 ──面白いですね。実際、近年の心理療法などで、ヨガ的な考えを生かしたものなどあるのでしょうか? 南:ここ数年で流行り始めているものに、「ソマティック・エクスペリエンス」通称、SE(体の感覚を通じてトラウマ解消をめざす心理療法)というものがあります。 前述した通り、これまで心理療法は主に言語を使うものがメインでした。しかし、SEでは、体がトラウマを記憶し、安心安全を感じられなくなっているという考えのもと、体を動かすことで心にアプローチしていくんです。 心身相関は今でこそ定着した考え方ですが、ヨガは何千年も前から体と心のつながりを大切にし、メソッドを体系化していたというのは本当にすごいですよね。 それも、やはり哲学があってこそ。体を動かすヨガの気持ちよさに気づいたら、ぜひ哲学のヨガにも挑戦してみてください。きっと、人生がもっと豊かになるはずです。 お話を伺ったのは… 公認心理師・臨床心理士・ヨガ講師 南舞 カウンセリングとヨガを通してメンタルヘルスをサポートするサロン「Sati.」主宰。学校や行政機関、企業にてカウンセラーとして従事し、学生時代に出合ったヨガとカウンセリングの考え方に近いものを感じ、指導者資格を取得。イベント出演、メディア監修など活躍の場を広げている。 イラスト/minomi 取材・文/長谷日向子