日鉄の「USスチール買収」を揺さぶるアメリカ政治の“力学”、激戦州めぐり両党候補が「買収阻止」でアピール
USS経営陣は日鉄に賛同しており、今年4月の臨時総会では株主からの承認も得た。9月4日には、USS本社前で従業員が買収を支持する集会を開き、買収のメリットを訴えた。 さらにUSSのデイビッド・ブリットCEOが「買収が実現しない場合、高給の組合員数千人が職を失うリスクにさらされ、本社をピッツバーグに置けなくなるおそれがある」といった声明を出した。日鉄も、長期の雇用創出に資する追加投資を発表、買収後にUSSの取締役の過半数をアメリカ国籍とする方針を示すなど、買収成立に向け懸念を解消する努力を続けている。
一方、アメリカで2位の鉄鋼会社クリーブランド・クリフスのCEOは5日、「バイデン大統領による買収阻止の決定を称賛する」としたうえで「本社を移転させるというUSSの脅しはアメリカ政府とペンシルベニア州に対する哀れな恐喝にすぎない」との声明を発表。入札で敗れたもののUSS買収を諦めていない同社は、日鉄とUSSへの批判を強めている。 ■成立でも不成立でもリスクは残る 結局、4日報道で「週内にも」とされた阻止命令は本稿執筆時点で出ていない。前提となるCFIUSの審査結果もまだだ。CFIUSの審査員は大統領が任命するため、審査には政権の意向がある程度反映されるとみられる。正式な判断は大統領選挙後になるという見解と、選挙を有利に進めるために選挙前に出るという見解がまじりあう。
アメリカの国家安全保障制度に詳しい拓殖大学の佐藤丙午教授は「CFIUSによる指摘を受けたとしても、異議申し立ては可能だ。指摘された点を改めることができれば当初の判断が覆ることがある」と説明する。 日鉄からすれば、政府の認可が得られない場合5億6500万ドルの違約金支払いが発生する可能性がある。何よりグローバルな成長シナリオを描き直さなければならない。他方、買収できてもアメリカの政治に翻弄される構図は残る。先行きは不透明なままだ。
吉野 月華 :東洋経済 記者