「統合失調症の娘の虚ろだった目が生気を帯びてきて…」講談師・神田香織さんを支えた1冊の本と、映画「生きて、生きて、生きろ。」
「悲しむことは生きること」
ほどなくして、19歳で統合失調症を発症した次女のミーが少しずつの自立を目標に、グループホームに入ることになりました。 グループホームとは 精神障害などがある人を対象にした共同生活住居で、 金銭管理、服薬管理、外出同行、各種手続きや相談など、日常生活に必要な援助を行い、入居者の社会復帰をすすめることを目的にしているところです。 さいたま市にあるホームを何ヶ所か見学したのですが、なかなか決まらないので、先生にメールで相談したところ、江東区の社会福祉法人の経営するグループホームを教えてもらいました。そしてそのホームに2019年6月に入居したのでした。 ミーがホームの3階から転落したのはそれから1年2ヶ月後の2020年8月のことでした。6箇所骨折、入院、手術、リハビリと半年かかって退院。その後、結婚。 精神科への通院は続いていたものの、服薬がうまくいかず幻聴の影響で昨年の8月、動きだした車両に接触し、両足切断という大事故に見舞われてしまったのでした。 私はプライベートなことだから、ごく親しい人以外には誰にも言うまいと心に決めて、今思うと能面のような凍りついた気持ちで「元気」に仕事をしていたのでした。 アフタートークにて、私がフェイスブックにミーの事故のことを書こうと思ったのは、昨年11月に蟻塚先生が送ってくれた新刊「悲しむことは生きること」を読んだことがきっかけであると、本書にあった次の一文を紹介させてもらいました。 「悲しむ事は一緒に悲しんでくれる人がいて可能となる。心が凍て付いている時に、人は悲しんだり泣いたりする事ができない。だから悲しむことの前提には人間に対する信頼感がある。それは見えなかった未来が見えてくることである。だから『悲しむ事は生きる事』なのだ」 事故から約3ヶ月間、仕事に打ち込むことで叫びたくなるような気持ちを抑えていた私は、この一文で心が解放されたのでした。私は泣いていいんだ、ミーのことを話していいんだ、一緒に泣いてもらっていいんだ、と。 私はすぐに蟻塚先生に電話し、泣きながら本のお礼とミーの報告をしたのでした。 そう、この本との出会いがなかったら私は今でも凍て付いた心のまま生活していたかもしれません。その姿はあまりに痛々しい…と今では思えます。