特別だからできたわけじゃない…宇宙飛行士から俳優まで“自分だけの輝き方がわかる”27人の女性の言葉(レビュー)
転機、苦難、出会いと別れ。そのすべてが、必ず糧になる――。 女優、登山家、宇宙飛行士、料理家など、各分野の第一線で活躍する27人の女性に時代に左右されない生き方を聞いた一冊『あの時のわたし 自分らしい人生に、ほんとうに大切なこと』(新潮社)が刊行された。 正解のない現代を生きるわたしたちへの優しいエールとなる先輩たちの生き方とは? 向井千秋さんや田嶋陽子さん、角野栄子さんなど、雲の上の、選ばれた特別な人たちの話だろうと思っていたエッセイストの古賀及子さんが本作に寄せた書評を紹介する。 ***
いつも真似事のように、偽物として自分が仕事をしている感覚がある。かつては長くウェブメディアの編集者をしていたが、編集者ってこんな感じで合っているだろうかと何年やっても手探りだった。エッセイストとなった今も、日々疑いながら原稿を書く。仕事だけじゃない。子を持ったから結果的に母親になったが、母としてのありさまもどこかで見聞きした役割を借りて演じ、事態を逃すようにしのいできた。 本書は編集者でライターの岡野民さんが2015年から9年にわたり、各分野の第一線で活躍してきた27人の女性たちに、その活躍の来しかたを丁寧に聞き取りまとめた一冊である。雑誌『暮しの手帳』の人気連載の書籍化だ。 27人の顔ぶれに一見して圧倒される。確固とした自分の仕事を、人生をやってきた人たち、私が憧れてコピーするその原本といえる人たちが集まっている。女性の社会進出が珍しかった時代の話を聞くことも考えた人選で、連載の間に逝去された方もいる。輝かしい先人のありがたい話として正座で読みはじめた。 ページをめくりはじめてすぐに、そしてじわじわとも感じたのが、これはけっして他人ごとではないぞという手触りだった。登場する各人でなければ成し遂げることができなかったであろうたぐいまれな実績は実績として迫る、けれどそのすぐ隣にある感情や事情は、ふるえるほど誰にでもあてはまる話だ。 向井千秋さんは自分が宇宙に行く前につとめたバックアップクルーの体験を元に「行ける人は、行けない人のために行くべきなんです」と語る。宇宙飛行士の話だととらえると一般人にとっては別の世界の話のようだけれど、向井さんの実感と共に語られることで、たとえば今、病気や個人の事情、社会の事情で身動きが取れない人がいて、いっぽう今日も朝起きられて元気な自分がいること、その少しのわだかまりが勇気づけられる。 田嶋陽子さんは自らのフェミニズムにまつわる活動を振り返り「自分を取り戻す、そのことに多大な時間とエネルギーを使ってしまったのは残念だけど、それはもう仕方ない」と言う。最初から女性差別なんてなければ自分のやりたいことに邁進できていたと。道を切り開いてもらった後続の当人として、しびれて奮えた。 読み手にとっての自分ごとが連続する。核心をついた名言も実感が重しになっており浮つかない。ケレン味を効かせた超人の言葉ではない、先に生まれて世界を体験した人たちの純粋な感想として届く。 27人分、輝きの種類の多さにも励まされた。特別この人に憧れるというよりも、お話を続々と読んでハイになるうちに、自分ならではの、自分だけの輝き方が私にもあるのだろうと実直に感じられてくる。サブタイトルの「自分らしい人生に、ほんとうに大切なこと」があまりにその通りだ。 勇気づけられはげまされながら、いっぽうで、人生の景色がノスタルジックな味わいであちこちに散りばめられるのも本書の魅力だ。まだ外国の遠かった50年代にブラジルに渡った角野栄子さんが見た、移民船に残飯目当てでついてくる鳥たち。子ども時代を樺太の辺境に暮らした神沢利子さんの記憶に残るそこら中に咲く高山植物や馬が引く緑のブリキの橇。はじめて到着したナイロビに太陽の下でカンカンに干したシーツと同じ太陽の匂いをかぎとった大貫妙子さんのお話。いつか見た情景がてらいなく美しい。 インタビューは対談形式ではなく独白のようにまとめられている。巧みな構成のなかに、喋ったからこそ出てきたのだろう熱意や魂がマジカルな味として残る。岡野さんはインタビュイーの言葉を自分ひとりで分かり切ろうとしない。会話というものに必ず残る行間を可能な限りそのまま伝え、読み手が解釈する余地を絶妙に残す。文字には現れない話者の気分や気持ちが立ち上がる。 中村メイコさんや若尾文子さんら俳優さんたち、みせることのプロの話は苦労もどこか華やかに伝わるし、写真家の石内都さん、笹本恒子さん、詩人の伊藤比呂美さんといったアーティストの芸術についての話は神秘的かつ感覚的なまま手渡された。 読み心地の違う固有のインパクトのなかで通底するのは、今を生きる、また次の世代を生きる人たちへ送られる後押しと眼差しだろう。戦争体験や家父長制などによる制度上の女性の抑圧も、てらいなく今に至る地続きの話として語られる。 ここに出てくる人たちは本物なんだ、特別の、できる人だからできたのだろうという私の訝しみを、語られる人生が物語ではなく一分一秒すべて実在する生である実感がくつがえしていった。 差し出されるバトンを、自分は偽物であるなどとへりくだらずに胸を張って受け取りたい。 [レビュアー]古賀及子(エッセイスト) こが・ちかこ/エッセイスト。1979年東京都生まれ。初の著書である日記エッセイ『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』(素粒社)が、「本の雑誌」が選ぶ2023年上半期ベスト第2位に選出された。他の著書に、『おくれ毛で風を切れ』(素粒社)、『気づいたこと、気づかないままのこと』(シカク出版)。新刊は『好きな食べ物がみつからない』(ポプラ社)。 協力:新潮社 新潮社 Book Bang編集部 新潮社
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