名古屋ボクシング界に活気……3階級王者、森武蔵、畑中Jrのホープ2人
名古屋のボクシング界が熱い。田中恒成(23、畑中)が3階級制覇。明日25日には、次世代世界王者候補として期待の高い森武蔵(18、薬師寺)が愛知県刈谷市でWBOアジアパシフィック・フェザー級タイトルに挑戦する。辰吉丈一郎と今なお語り継がれる王座統一戦を戦った元WBC世界バンタム級王者、薬師寺保栄氏(50)が会長を務めるジムの秘蔵っ子だ。 田中が所属する畑中ジムの元WBC世界スーパーバンタム級王者、畑中清詞会長(51)の長男、健人(20)が、デビューから7連続KO勝ちでWBCユース世界フライ級タイトルを獲得している。父そっくりのファイティングスタイルで、こちらも世界王者を狙える逸材。かつて薬師寺、畑中、飯田覚士、戸高秀樹ら1990年代に次々と世界王者を誕生させた名古屋のボクシング界が、そのジュニア世代で活気を取り戻そうとしている。 森武蔵。まるでリングネームような勇ましい名。本名だ。 父の伸二さん(40)が「剣豪・宮本武蔵にあやかってつけた」という。 出身は熊本。宮本武蔵が、その波乱万丈の生涯を終えた地である。 「どんな姿を見せようが勝ちにこだわる。それが俺の美学」 明日25日、愛知県・刈谷市でWBOアジアパシフィック・フェザー級王者のリチャード・ブミクピック(28、フィリピン)に挑戦する。王者は昨年9月の王座決定戦で判定勝利して天笠尚(FLARE山上)を引退へ追い込み、4年前には後にIBF世界スーパーバンタム級王者となる岩佐亮佑(セレス)とも0-2判定負けの激戦を演じたことがある。パンチを振り回してくる荒々しい強打のファイターだ。 「新しいスタイルを見せたい。真っ向から打ち合いたい。リスクはあるが、あくまでもチャレンジャー。これまで7戦して倒そうと思ったことは一度もないが、今度は倒しにいく」 本来は「打たせずに打つ」を身上にしたスピードとパワーを兼ね備えたスタイリッシュなサウスポー。しかし、初のタイトル戦では「殴り合う」というのだ。 幼稚園から小学校4年まで空手をやっていた。 「やるなら何でも1番を獲れ!」が父の教え。小学生時代に友達と遊んだ記憶は数えるほどしかない。小1から朝起きて10キロのランニング。真冬で、それほど汗が出ていないと、「汗出てねえな。サボったな」と、もう10キロ。自宅と小学校は約3キロ離れているが、授業が終わると父に電話してヨーイドン!ランドセルを背負ったままランニングで帰宅して、13分を切らなければ、こっぴどく叱られる。 ナチュラルに強靭な肉体を作るため、鳥肉以外は口にせず油ものは厳禁。牛肉を初めて食べたのは中学のときで「世の中にこんな美味いものがあるのかと思った」そうである。お菓子など間食も禁止。骨を強くするため、いりこがオヤツ代わりだった。小6ですでにベンチプレスで80キロを上げるようになった。まるで昭和のスポーツ根性漫画の世界である。鉄拳制裁も常。あまりに厳しい父の指導に近所では「DVの噂」が立ち民生委員や警察が様子を見にきたほどだった。 「格闘技世界一」が目標だったが、膝に怪我を負ったことと、「空手では食えない。職業として世界一になるにはボクシングだ」と、小5になって熊本にあるS&Kジムに入門した。当然のように親子特訓は結果になって開花。U―15の全国大会で2連覇。中3の夏にテレビ局の紹介で、名古屋の薬師寺ジムでプロとスパーリングをする機会に恵まれた。 相手は元東洋太平洋王者。 「ぼこぼこにやられた。むちゃくちゃ強い。俺は井の中の蛙だと。悔しくて……いつか、やりかえす。これが名古屋に出てくるきっかけになった」 ボディを効かされ、ふらふらになった。2ラウンドしかできなかったが、かろうじでキャンバスに膝だけはつかなかった。それがせめてものプライド。森は母の反対を押し切り高校に進学せず、中学卒業と同時に単身名古屋へ来て薬師寺ジム入門を決める。後戻りのできない16歳の覚悟だった。 「ボクシングで成功しないと、もう僕の人生は終わり。でも怖がってもしょうがない。やるしかない」 それまでは本能と才能だけで戦っていた。薬師寺ジムの元日本スーパーフライ級王者、菊井徹平トレーナーの手ほどきを受けてファイタースタイルをから脱皮、距離、間合い、ディフェンスといったボクシングを学ぶ。今では「ボクシングで大事なのは距離」という。 前試合から特別トレーナーとして大場浩平氏とコンビを組むようになった。元日本バンタム級王者で「尾張のメイウェザー」と評されるほどの天才肌のボクサーだった。 大場氏も自らグローブをはめてのマスボクシング形式でブミクピック対策を教わっている。 「“頑張る”と言うボクサーと“俺が勝つ”言うボクサーでは違う。負けることなんか絶対に考えない。いつも崖っぷち。リングへ向かう恐怖? ない。いつも覚悟は決まっている」 昨年12月の全日本新人王戦は、左拳の腱を3本断裂したままで戦い勝った。7月のフィリピン王者、アラン・バレスピン(フィリピン)との試合も、2週間前に左拳を骨折、完治しない状態で激戦を制した。この試合が終わると左拳を手術する予定でいるが、そういう苦難にも動じない鉄のメンタルを鍛えてきたという18年の人生観がある。 今回、タイトルを獲得すれば自動的にWBOの世界ランキングに入ることになる。 「世界は実力をつけてから。焦りはないけど、稼げるボクサーになりたい。引退した後にも食うに困らないくらいにね」 不敵な面構え。18歳の頃の剣豪・武蔵もこんな目をしていたのかもしれない。