シリアは今後も虐殺が続く カギ握る米国「ボルトンvs.マティス」
「再攻撃されない」兵器で市民虐殺が続く
今後、アサド政権側からすると、塩素ガス使用でも米英仏に再度攻撃される可能性が出てきたということは言えますが、少なくともそれ以外なら、樽爆弾や焼夷弾などをいくら使おうと、兵糧攻めをいくらエスカレートさせようと、今後もアメリカに介入されることはないということになります。今回、アサド政権は、住民ごと殲滅(せんめつ)する作戦で東グータを壊滅させましたが、これはすでに北部の大都市アレッポや、ダマスカス南西部のダラヤなど、他の反体制派エリアで順番に行ってきた作戦にすぎません。
残る反体制派エリアで同じことが始まるのは確実です。すでにダマスカス近郊ヤルムークのパレスチナ難民キャンプで同様の無差別攻撃が始まっていますが、その他にも南部の大都市ダラアと、北部の最後の砦であるイドリブで、今回の東グータに匹敵する地獄のような大虐殺が行われることになります。もっとも、イドリブではすでにアサド政権とロシア軍による激しい無差別攻撃が継続して行われていますが。 米英仏もアサド政権を排除する軍事介入を否定している以上、その非人道的な戦争犯罪を止める方途はありません。トランプ大統領は、シリア東部の米軍を撤退させ、サウジアラビアなどのアラブ有志国軍に肩代わりさせるプランを明らかにしています。 ただ、そのアメリカの政策が変わる可能性が一つだけあるとすれば、トランプ政権に新たに加わったボルトン国家安全保障担当大統領補佐官が、トランプ大統領を説得し、アメリカの政策を劇的に転換させる可能性です。 元ワシントンポストのスタッフなどが加わっているアメリカの有力WEBニュースメディア「VOX」が4月16日に報じたところによると、今回の攻撃で、ボルトンはアサド政権の主要軍事拠点を叩くことを主張しましたが、慎重派のマティス国防長官が反対し、3か所の攻撃に留まったということです。 他の米メディアには違うストーリーを報じているところもありますし、政権内の内幕話はいずれも未確認情報ですので真相は分かりませんが、同記事によると、ボルトンは人道主義の観点ではなく、地政学的観点から、シリアがこのままロシアとイランの勢力圏となることが、アメリカの国家安全保障に大きな脅威となるとみなしているとのことです。これは、ボルトンのこれまでの発言からは、十分に可能性のある話です。前述したように、トランプ大統領はアサド政権の打倒にはこれまで一度も言及していませんが、政権内でボルトンの発言力が高まれば、政策が変わる可能性があります。 これまで7年以上にわたってアサド政権に殺され続けているシリアの人々は、これだけの大虐殺にも外国が一切助けてくれないことに絶望しています。今回の米英仏の攻撃に対しても、「遅すぎる」「規模が小さすぎて意味がない」といった批判が、現地からは数多く聞かれます。今後のトランプ政権内の動向が注目されます。 【ことば】シリア内戦…2011年3月、シリアのアサド政権と反体制派の戦いから始まったこの長い紛争は、クルド人勢力や過激派組織「イスラム国」(IS)、そしてトルコなどの勢力争いや米国、ロシアなどの思惑が混じり、混迷を極めている。在英NGOの「シリア人権監視団」によると、7年間で35万人以上が犠牲になり、その死者のうち民間人は10万人以上を占めると報じられている。
------------------------------------- ■黒井文太郎(くろい・ぶんたろう) 1963年生まれ。月刊『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長等を経て軍事ジャーナリスト。著書・編書に『イスラム国の正体』(KKベストセラーズ)『イスラムのテロリスト』『日本の情報機関』『北朝鮮に備える軍事学』(いずれも講談社)『アルカイダの全貌』(三修社)『ビンラディン抹殺指令』(洋泉社)等がある