山口乃々華の追想「失って気づく。代わりなんて見つからない」
伝えたい想いがあるとき、人は手紙を書きたくなる。女優の山口乃々華さんが、“あのひと”に向けて今の気持ちをしたためる連載。今回は、自身のシャツの“ボタン”に宛てた手紙。【連載「〒ののポスト」】
消えてしまったボタンへ
私の黒いシャツの袖口に付いていたボタン。いつのまにか取れてしまったようですが、あなたはどこへ行ってしまったのでしょう? くるみボタンで、小ぶりで可愛いかったあなた。 あのシャツを着たのは、確か、友人と鍋を食べにいったときです。そのときはあなたの存在を特別気にしていたわけではなかったけれど、鍋が食べたくなる季節、そう、少し肌寒くなった頃で、だから季節はきっと秋頃で…。 あーあ、仕方ないから違うボタンを探して縫い付けるしかないな、と思って私、もう一方の腕についてるボタンをよーく見て、似たようものを探しました。他の洋服のタグのところにたまに予備のボタンが付いてくると、それを外して、小物入れにまとめておくので、そこから探して、少しだけ生地が違うけれど、色はバッチリ合っているものがありました。うまく馴染みそうなので、その新しいボタンを針と糸でチクチク縫いました。これでやっとシャツが着れるなぁと、やらなきゃいけないことを一つ終わらせた気持ちよさを感じながら、今度は取れないようにきつめに縫い付けました。 この頃は肌寒い日が増えたので、早速そのシャツを着て、出かけました。袖口に新しいボタンが付いていることをどこか気にしながら、歩いたり、走ったり、食べたり、飲んだりしながら一日過ごしたのですが、なんか…なんかなぁ。 いろんな場所でちらりと見えるたびどこか浮いてる気がして。なのでやっぱり外しました。それからあのシャツは着ていません。ボタンがないと袖がでろんとなってカッコ悪いのです。代替品を探すのって難しい。代わりになるのって難しい。 そんなことを思っていると、ふと、昔言われたある言葉を思い出しました。 「あなたの代わりはたくさんいる」と。 本当にそうなのでしょうか。代わりっぽいのはたくさんあるけど、ばっちりハマるものはなかなかありません。そんな気持ちを体験した私は今、代わりなんていないのでは?と思っています。代わりではなくて、それはどこか確実に違っていて、そのものではないのです。それでいいならいいけれど。 あなたのおかげで、昔の私が少し救われたような気分でした。 ボタンさん、あなたがいないとシャツが着られません。どうしたものでしょうか。 山口乃々華より 山口乃々華(やまぐちののか) 3月8日生まれ、埼玉県出身。2020年末まで E-girlsとしての活動を経て、2021年から女優として本格的に活動を開始。 映画『イタズラなKiss THE MOVIE』シリーズ、ドラマ・映画「HiGH & LOW」シリーズやHulu版「崖っぷちホテル!」などに出演、『私がモテてどうすんだ』ではヒロイン役を務めた。近年ではミュージカルにも活動の幅を広げ、2022年には「SERI~ひとつのいのち」でミュージカル初主演を務め、2023年は「SPY×FAMILY」ではフィオナ・フロスト役、a new musical「ヴァグラント」ではヒロイン(W)役を好演し、舞台「呪術廻戦」-京都姉妹校交流会・起首雷同-では、釘崎野薔薇役を務めた。待機作としては、11月20日よりリーディング・ミュージカル「アンドレ・デジール 最後の作品」、12月には朗読劇『沼オトコと沼落ちオンナのmidnight call~寝不足の原因は自分にある。~』、2025年2月には音楽劇『愛と正義』に出演、そして、ミュージカル『SPY×FAMILY』再演決定など、今後も舞台での活躍が期待される。 TEXT=山口乃々華 ILLUSTRATION=pinoco
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