朝ドラ『虎に翼』穂高重親のモデルが「女好き」と揶揄されながら挑んだ男尊女卑の壁 三淵嘉子さんと穂積重遠氏の関係とは?
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』第13週「女房百日、馬二十日?」が放送中。寅子(演:伊藤沙莉)は、恩師である穂高重親(演:小林 薫)の退任記念祝賀会で花束を贈呈することになるが、結局決裂。しかし、翌日寅子を訪ねてきた穂高と言葉を交わしたことで2人は和解し、その後穂高はこの世を去った。今回は穂高のモデル・穂積重遠の「雨垂れ石を穿つ」を体現するような生涯と、史実の2人の関係について取り上げる。 ■海外留学の経験から女子教育・女性の権利向上の課題に取り組む 穂高重親のモデルである穂積重遠氏が生まれたのは、明治16年(1883)のこと。祖父は新紙幣でも注目の渋沢栄一で、一族からは多数の政財界の重鎮を輩出している。 東京帝国大学に進学した後、父の影響から民法や社会問題に関心を持つようになったという。小学校時代から大学に至るまで同級生だったのは、後に内閣総理大臣となる鳩山一郎氏の弟・鳩山秀夫氏だ。2人は成績優秀で、1908年の大学卒業と同時に同校の講師の職に就いた。 明治45年/大正元年(1912)、助教授になっていた穂積氏に民法、法理学研究のための欧米留学の話がきた。約4年の留学生活で欧米の社会の在り方を目の当たりにした穂積氏は、社会教育の重要性を痛感したと後に述べている。そして、女子教育や女性の社会進出が大きな課題であることも理解していた。それゆえに、平塚らいてうや高群逸枝らの運動を支援していた。 『虎に翼』でも描かれた通り、かつて弁護士法において「成年以上ノ男子タルコト」と記載されていた条件は、昭和8年(1933)の弁護士法改正によって「帝国臣民ニシテ成年者タルコト」となった。これによって女性が弁護士になる道が拓かれたのである。この弁護士法改正においても穂積氏は女性が等しく権利を享受できるように情熱を注いだ。 平行して、女性が弁護士になるための教育機関として明治大学女子部の創設に注力。女子が高等教育を受けること自体にあまり理解がない時代に、法律への道を切り拓いた功績は大きい。しかし、そんな穂積氏をおもしろく思わない人間も少なくなかったようだ。女子教育や女性の社会進出に心血を注ぐ姿を見て「女好き」と揶揄されることもあったという。 昭和13年( 1938)、寅子のモデルである三淵嘉子さん、中田正子さん、久米愛さんの3人が女性で初めて高等試験司法科に合格して弁護士になるという歴史的な出来事に繋がったが、この3人はいずれも明大女子部で学んだ経験があった。穂積氏の長い闘いが実を結んだのである。 昭和18年(1943)に東京帝国大学名誉教授に就任。そして、父の死後男爵の爵位を受け継いでいた穂積氏は昭和19年(1944)に貴族院議員に勅選される。大きな転機が訪れたのは、昭和20年(1945)夏のこと。終戦直前の8月初旬に東宮大夫兼東宮侍従長に就任したのだ。皇太子(現在の上皇陛下)の最側近である。8月15日には皇太子が疎開していた日光にいたという。 昭和24年(1949)2月、最高裁判所判事に転出。その後は刑法200条、尊属殺人罪の違憲説を主張している。これは作中でも穂高が最後まで抗っている姿が描かれていた。 長きに渡って日本の中枢で尽力し続け「日本家族法の父」といわれるようになった穂積氏は、昭和26年(1951)1月に病に倒れ、同年7月にこの世を去った。69歳だった。 ■寅子のモデル・三淵嘉子さんとの関係は? 『虎に翼』では、穂高重親が寅子の“生涯の師”として描かれており、これまでたびたび寅子の人生の局面に登場してきた。では、2人のモデルである穂積氏と三淵さんもそのような関係性だったのかというと、詳しい記録は残っていない。 もちろん、三淵さんが学んだ明大女子部の創設に関わったのは穂積氏であり、女子部の民法の講義も受け持っていたのは事実だ。その点でいえば、三淵さんにとって「恩師」であったことに変わりないだろう。 また、穂積氏は作中で「共亜事件」として扱われた帝人事件にも関わっている。大学時代の同級生で大蔵省銀行局長だった大久保偵次氏の特別弁護人として、昭和12年(1937)に特別弁護人として東京地裁の法廷に立っているのである。ただし、帝人事件では三淵さんの父は関わっていないため、ここでは2人は交わらない。 三淵さんが明大法学部を卒業してからの2人の交流についてはわからないものの、「日本初の女性弁護士の1人、初の女性判事および家庭裁判所長・三淵嘉子」が誕生するに至る長い歴史の背景に穂積氏のそれこそ「雨垂れ石を穿つ」を体現するような地道な努力があったことは確かだろう。 <参考> ■大村敦志『社会教育と社会事業を両翼として 穂積重遠』(ミネルヴァ書房) ■NHKドラマ・ガイド『虎に翼』(NHK出版) ■『NHK連続テレビ小説 虎に翼 上』(NHK出版)
歴史人編集部