【バイデン大統領を提訴】日本製鉄「USスチール買収」拒否判断に「米国内から批判の声」が出る理由 橋本英二会長が見据える“トランプ氏とのディール”
約2兆円という巨額の買収案件は、異例の訴訟へと発展した。アメリカ合衆国大統領を向こうにしながら全く物怖じする様子を見せなかったのは、社長から会長になった2024年4月以降で初めて会見の場に姿を見せた日本製鉄の橋本英二会長である。同氏が主導する「USスチール買収」は正念場を迎えているが、その成否は日本製鉄のみならず、日本企業が今後の生き残りを図るうえでも重大な意味を持つはずだ。ノンフィクション作家・広野真嗣氏がレポートする。 【写真】ブリンケン米国務長官と握手する岩屋毅外相
* * * 日本製鉄とUSスチールが買収計画実現の構えから、1月6日、計画中止を命じたバイデン大統領を相手取る異例の提訴に踏み切った。2023年12月に買収計画をぶち上げた橋本英二・会長兼CEOは7日の記者会見で、「決して諦めることはありません。諦める理由も必要もない」と語ったが、その姿勢にはトランプ2.0の世界に臨む日本の企業が成長を探るヒントがある。 日鉄が提起した訴訟は2つある。1つはバイデン大統領と対米外国投資委員会(CFIUS)を相手に「国家安全保障でなくバイデン氏の政治的レガシーを達成するという目的のために審査された買収中止命令」の無効を訴える行政訴訟。もう1つは、買収で競り負けた米鉄鋼最大手クリーブランド・クリフスのCEOのロレンゾ・ゴンカルベス氏が、全米鉄鋼労働組合(USW)のデビッド・マッコール会長ら執行部と結んで日鉄の買収計画を妨害し、政権に不公正な働きかけを行ってきたと訴える民事訴訟だ。 訴訟を通じて日鉄は、バイデン氏が「法の支配を無視したこと」を明らかにするという。アメリカ大統領へのこうした強い言葉は、トップの橋本氏の不退転の覚悟も感じさせるものだ。
本当に「日鉄の計画は無理筋だった」のか?
今回の日鉄の計画をめぐって日本の世論が盛り上がりきらない理由の一つは、日本の識者らから「労組の反対が強い買収は最初から無理筋だった」「買収時期を考えるべきだった」といった指摘があるからだ。しかし、本当にそうした“達観した解説”が的を射ているのだろうか。この1年半の計画の推移をウォッチし、橋本氏への取材も行った私は釈然としない。 そもそもFOXテレビのインタビューや日経新聞の現地取材の記事によれば、USスチールの一般組合員からは日鉄の投資を心待ちにする発言が続き、地元のペンシルベニアの町の首長たちからも熱烈に歓迎されているからだ。 識者の解説の中には、「米国人が運営する鉄鋼企業があることが米国にとっての安全保障だ」という指摘もあった。確かにバイデン政権の説明に則ればそういうことになる。 しかし、そもそも米国の高炉メーカーは2社のみで、仮に日鉄がUSスチールを買収しても、米国最大手のクリフスが存在している。1番手のクリフスが2番手のUSスチールを買収したり、買収阻止でUSスチールを弱体化させて独占状態を生み出すことが、健全な市場形成につながるのか。軍事や自動車といった戦略物資の基礎となる鉄鋼市場に健全さが失われれば、それこそ安全保障の根幹を揺るがす懸念がある。 それを「米国の安全保障だ」というのはハッタリで、背景には後ろめたい「別の政治的動機」――特定の企業や団体への利益誘導による票固めがあり、安全保障というもっともらしい言葉で糊塗していると理解したほうがわかりやすい。 実際、1月7日付のワシントンポスト紙の記事(How Biden betrayed union workers by giving them what they wanted)によれば、バイデン側近の1人は匿名で、「(中止命令の)結論は政治とレガシーから下された」と述べている。安全保障ではなく、トランプに切り崩されかねない「労組票へのアピール」という政治目的のために下された可能性を示唆している。 この記事を含め、アメリカのリベラルメディアは今回のバイデン大統領の判断に批判的なトーンが目立つ。日本側の解説が、大統領による阻止が発表された段階で“諦めムード”だったのとは対照的だ。日米の論調を見比べると、むしろ「無理筋」だったのはバイデン氏の側ではないかとの思いが強くなる。
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