皆に愛された人気映画シリーズ、西田敏行の『釣りバカ日誌』【面白すぎる日本映画】
文・絵/牧野良幸 西田敏行さんが10月に亡くなった。76歳だった。僕が若い頃は映画やテレビに出ているスターが亡くなることなんて考えもしなかったが、「西田敏行さんも」と書きたいほど、最近は親しんでいた俳優さんが亡くなっていく。とても悲しい。 西田敏行さんはたくさんの映画やドラマに出演した。そのなかで僕の印象深い作品をあげるなら山田洋次監督の『学校』だろう。西田さんが演じた黒井先生は善良な人柄がにじみ出ていてよかった(『学校』は連載の第53回で書いているのでまた読んでみてください)。 反対に悪役ならドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』第2シリーズでの病院長役が好きだった。腹黒い性格だけれども憎めないキャラクター。これも西田敏行さんならではだった。いい人の役でも悪い人の役でも見る者に親密な感情を抱かせる俳優だったと思う。 そんな西田さんのたくさんの出演作の中で、今回取り上げるのはやはり『釣りバカ日誌』にしようと思う。これは1988年に公開されたシリーズ第1作となった作品だ。 このシリーズは1988年から2009年まで22作品が制作されたという。同じ松竹の『男はつらいよ』シリーズのように広く国民に愛された映画だ。 1988年の年末、その『男はつらいよ』と同時上映で『釣りバカ日誌』は公開されている。いわゆるお正月映画として『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』と二本立てだったらしい。 「お正月映画」も「二本立て」も今となっては懐かしい言葉だ。『男はつらいよ』と『釣りバカ日誌』なら、さぞお客さんも楽しんだことだろう。これから食事に行こうと言いながら笑顔で映画館を出る人たちの顔が浮かぶ。最近は配信で映画を見ることが多くなった僕も、この組み合わせなら劇場に行ってポップコーンを食べながら見てみたい気がする。 『釣りバカ日誌』の原作は小学館『ビッグコミックオリジナル』に連載されていた、やまさき十三(作)/北見けんいち(画)による漫画だ。当時は僕もよくこの漫画を読んでいた。 映画化にあたり、脚本を山田洋次と桃井章が書き、栗山富夫が監督をしている。初の映画化となると原作を知らない人も多いだろうから、映画はハマちゃんとスーさんの出会いを中心に描いている。 今さら書くまでもないが、西田敏行が演じるのは釣り好きの浜崎伝助(ハマちゃん)。その伝助が勤める鈴木建設の社長、鈴木一之助(スーさん)に三國連太郎。伝助の妻みち子に石田えり。 原作の漫画でも言えることだが『釣りバカ日誌』で何が一番面白いかというと、社長であるスーさんとヒラ社員のハマちゃんの関係が私生活では逆転するところだろう。釣りのときは、ハマちゃんが師匠でスーさんが弟子である。 上下関係というより対等な関係なのかもしれない。いずれにしても二人が仕事上の身分を無視して付き合っているのが痛快なのだ。現代人にはおとぎ話のような話である。 そもそもハマちゃんという人間がおとぎ話のような存在だ。 好きな釣りができれば幸せである。 出世は望まない、同期の中で自分だけヒラでも気にしない。 会社に行けば人気者である。いつもみんなを笑わせる。 家に帰れば自分を愛してくれるきれいな妻がいる。 その妻と「合体」もよくする。 そういう人にわたしもなりたい。宮沢賢治の詩ではないが、そう思わせるのが西田敏行のハマちゃんなのだ。寅さんになりたいという人は少ないと思うけれど、ハマちゃんになりたいという人は多いのではないか。 しかしハマちゃんひとりでは面白みは出ない。スーさんという人物がいてこそハマちゃんのキャラが立つ。その二人を西田敏行と三國連太郎という個性的な俳優が演じたことが『釣りバカ日誌』の成功につながったのは誰もが認めるところだろう。 映画を見ていると僕にはハマちゃんとスーさんの掛け合いは、お芝居というより個性派俳優の激突のように感じてしまう。演技対決と言ってもいいかもしれない。 西田敏行は映画の最初から最後まで、ずっとハマちゃんモードで演技をしている。 一方、三國連太郎のスーさんは頑固なワンマン社長として登場する。そこに浜崎伝助という風変わりな男があらわれ、他人に心を開かない社長が、この男にはデパートの屋上でコーヒー(紙コップ)をご馳走になりながら説教をされたり、釣りをしてみないかと誘われたら行ったりと、自分でもよくわからないまま伝助のペースにはまっていく。 西田敏行以上に個性派の三國連太郎が、西田敏行のアドリブもありそうな、ちょっと暴走気味の演技に対してもペースをくずさず、シブい演技でこたえていくところが見ものである。 その三國連太郎の演技に対して後輩の西田敏行がさらにかぶせていく。こんな視点で見ていると、この娯楽映画がとてもスリリングになる(僕だけだろうか)。 あと脇役も注目である。 ハマちゃんの上司の佐々木課長に谷啓が出演している。懐かしい1960年代のクレージーキャッツの映画で無責任男の植木等に説教をする上司も谷啓だった。植木等の場合と同じく、部下を怒るつもりが逆にギャフンとさせられるパターンがこの映画でも描かれて懐かしい。 またスーさんの妻に丹阿弥谷津子が出演していて、これも日本映画黄金期のファンには懐かしいところ。若手では石田えり、山瀬まみ、戸川純らも個性的だ。 こう見ると『釣りバカ日誌』は語るところの多い日本映画である。なにより仕事や人間関係などで疲れた時に見てもいい。西田敏行さんの「ハマちゃんを見て元気出してね~」という声が聞こえそうである。 【今日の面白すぎる日本映画】 『釣りバカ日誌』 1988年 上映時間:93分 監督: 栗山富夫 脚本:山田洋次、桃井章 原作:やまさき十三(作)北見けんいち(画) 西田敏行、三國連太郎、丹阿弥谷津子、石田えり、ほか、 音楽 :三木敏悟 文・絵/牧野良幸 1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
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