樋口恵子「封建的で男女差別の激しかった時代に、少女小説で一世を風靡した吉屋信子。〈女は女にやさしくあらねばならない〉の言葉をかみしめて」
NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長の樋口恵子さんによる『婦人公論』の新連載「老いの実況中継」。92歳、徒然なるままに「今」を綴ります。第18回は、【女の友情、仲間のすばらしさ】です。(構成=篠藤ゆり イラスト=マツモトヨーコ) 【写真】「嫁姑問題を避け、自立しようと健気に生きてきたのに思いがけない成行きが…」と話す樋口さん * * * * * * * ◆吉屋信子に光を当てた田辺聖子さんの小説 前回のこの連載で、NHK連続テレビ小説『虎に翼』について触れました。するとまわりの女性たちから、「『虎に翼』は、立場の違う女性たちが共通の目標に向かって手を携えていく、シスターフッドを描いたドラマだと思います」という声が聞こえてきたのです。 登場人物の女性たちは、考え方の違いや置かれている状況が原因で、時には距離が離れることもあるけれど、みんなが目指しているのは真に男女平等の社会だ、とも。 それを聞いて思い出した本があります。それは、田辺聖子さんがお書きになった『ゆめはるか吉屋信子-秋灯(あきともし)机の上の幾山河』です。 私は普段、それほど小説は読まないのですが、田辺聖子さんの小説は好きで時々読みます。なかでもこの評伝は、私にとって新鮮な発見がある作品でした。
吉屋信子は1896(明治29)年生まれ。封建的で男女差別の激しかった時代にさまざまな困難を乗り越え、少女小説で一世を風靡しました。 戦後は『徳川の夫人たち』など大人向けの小説も多く発表しましたが、少女小説を書いていたこともあって、文学者として正当な評価を受けていない面もあります。 吉屋信子には、半世紀以上にわたって彼女を公私ともに支えた門馬千代というパートナーがいました。今よりはるかに、性的少数者が生きづらかった時代です。同性愛者ということで好奇の目にさらされ、男性たちからは揶揄された。 相当悔しい思いをしたからこそ、肩ひじを張って、文壇や男社会と渡り合ったのでしょう。田辺聖子さんはそんな吉屋信子を、作品のなかでこう評しています。 「フェミニズム的な発想を、大衆に向けた一級の読み物として展開してみせたところが吉屋信子の真骨頂であり、それ故に、女性の強烈な支持を集め、男性至上主義で純文学偏重の文壇から二重に黙殺されてきたのだろう。吉屋信子の小説は思想がない、社会制度への挑戦がないという批判こそ〈男流文学論〉である」 この作品を読み、私は田辺聖子さん自身が実はフェミニズム的視点を持った作家だと知りました。田辺さんといえば、夫との生活を描いた「カモカのおっちゃん」シリーズなど、読みやすいユーモア小説で人気があります。 一方で、文学的、思想的に一本筋の通った硬派の作品も多数書いています。また事実婚当初は別居結婚を実践するなど、先進的な生き方をした人でもありました。
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