我欲と放蕩の果てにたどり着いた異国ーー直木賞の栄光からタイで出家、コロナ禍の日本を見つめる男
コロナもいつかは滅していく
ソーシャルディスタンスが求められる世の中になって久しい。テレワークが進み、人との交流が絶たれる中で、孤独感に悩む人も多い。だが笹倉さんは故郷と俗世、どちらからも遠く「ディスタンス」を取り続けているのだ。そんな日々の中で、大切にしている仏陀の言葉があるという。 <犀の角のように、ただ独り歩め> 群れではなく単独行動で生き抜くインドサイの、その雄々しい一本角に仏陀は孤高の強さを見た。 「自分というものを持って、まわりに流されず、信じるものを実践していく。そんな意味かな。それに、仏教には『自灯明、法灯明(じとうみょう、ほうとうみょう)』という言葉もある」 自分自身を灯火、道しるべとすべし、そして仏法を拠り所とすべし、という考え方だ。個の強さを持つことも、仏教は教えている。他者とのコミュニケーションに飢えているコロナ禍のいま、そんな教えは明かりになるのではないか。 「仏教は人が幸福に生きることや、人の救済を徹底して追求している。こういうご時世になると、本当に底力があると感じます。日本も仏教国であることをもう一度、根本から考える必要があると思います」 そして仏教では、こうも説いている。 <この世のものはすべて、消え去るものである> すべてはいつか滅していくのだ。 「なにもかもは、常ならざるもの、移り変わっていくもの。『無常』なんです。コロナウイルスもやがては消え去っていく。いつまでもこんな世の中じゃないでしょう。人の叡智や科学だって、僕は信じていますよ」 --- プラ・アキラ・アマロー(俗名・笹倉明) 1948年兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒。1980年『海を越えた者たち』(すばる文学賞佳作)でデビュー。1988年『漂流裁判』でサントリーミステリー大賞、1989年『遠い国からの殺人者』で直木賞を受賞するなど著作多数。近著は『出家への道 苦の果てに出逢ったタイ仏教』(幻冬舎新書)。 室橋裕和(むろはし・ひろかず) 1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。帰国後はアジア専門の記者・編集者として活動。取材テーマは「アジアに生きる日本人、日本に生きるアジア人」。現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に暮らす。おもな著書は『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(辰巳出版)、『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)、『バンコクドリーム 「Gダイアリー」編集部青春記』(イースト・プレス)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書、共編著)など。