我欲と放蕩の果てにたどり着いた異国ーー直木賞の栄光からタイで出家、コロナ禍の日本を見つめる男
「この体たらくをどうにかしなくちゃいけない。なにか思い切ったことをやらないと、もう道は開けない」 笹倉さんは人生をやり直すために、タイで出家することを決意した。タイ人の知人をたどって受け入れてもらう寺をチェンマイの古刹ワット・パンオンと定め、すっかり頭を剃り上げた。そしてテーラワーダ仏教の経典の言葉であるパーリ語に取り組んだ。出家式にはこのパーリ語で、三宝(仏、法、僧)に帰依することを誓い、また僧として適格であるかどうかの問答が行われ、袈裟と托鉢で使う鉢を受け取るのだ。 こうして俗名・笹倉明を捨て、プラ・アキラ・アマローとなった。 出家して5年。僧房に寝泊まりし、毎朝3時に起きて素足で町を托鉢して歩き、勤行に打ち込む日々。昼以降の食事はいっさい摂らず、好きだった酒も断ち、227の戒律を守って暮らしている。 「まだまだ悟りには遠いよ」 笹倉さんはそう笑うが、俗世から離れてみると、コロナ禍にあえぐ遠い故郷がどうにも気にかかる。
意外なほど厳しい行動制限を守るタイ人たち
「日本とタイとでは、コロナに対する取り組みがずいぶん違いますよね。タイは思いのほか慎重で、日本よりもずっと厳しい措置を取り続けている」 タイはまだ感染者がわずかだった昨年3月の時点で非常事態宣言を発令し、パブなど娯楽施設だけでなく、デパートなど商業施設も閉鎖、飲食店はテイクアウトのみとなった。映画館、美容院、小売店、市場、公園やゴルフ場などに至るまで閉鎖され、また昨年4月には全土で夜間外出禁止令が出され、首都バンコクではアルコールの販売も禁止となった。いずれも「自粛要請」ではなく、罰則も定められたものだ。これらは段階的に緩和されつつあるが、今年1月に9回目の宣言の延長を決定した(2月末まで)。つまり1年間も非常事態宣言が続くことになる。 「でもそんなこと、政治家が言ったって誰も聞かない。仏陀がこう言ってます、仏教ではこう教えていますといえば、タイ人は納得して従う。仏教の教えを引用した、コロナに対する心構えが、タイの社会ではスローガンのように語られているんです」 <いまは忍耐強くありましょう> <お互いに助け合い、持てない者に施しをしましょう> <うつさない、うつされない責任を持ちましょう> そんな言葉を、タイ人は意外なほど守っている。日本人からすると「南国の陽気でおおらかな人々」という印象もあるが、一方でタイは仏教に根差した規律、モラルを大切にする国でもある。厳しい行動制限にはもちろん不満も不安もたくさんあるが、その辛抱を支えているのが仏教だ。