「SNS×政治」で仲良かった人と疎遠になる…宇野常寛さんに相談したら「50年以上前に結論は出ている」と言われました
ここからは「カルチャーと政治」の話に展開します
宇野さん: 80~90年代に「新人類」と言われていた人たちのオシャレなカルチャーが、「サブカル」と言われるようになって… 一方で、マンガとかアニメみたいな子ども文化が、「オタク文化」になっていった。 それって、どちらも「現実を相対化する」ところにポイントがあったはずなんだよね。 天野: …? 宇野さん: 現実で「社会的に立身出世する」とか、「政治的に正しい」ということから距離を取る。 「そういったものから離れたところにも人生の価値はある」って信じてたはずなんだよ。 天野: それが「カルチャー」の意味だったと。 宇野さん: それから30年、40年経ってしまって… 比喩的に言うと「サブカルの人は左翼になって、オタクの人は右翼になっている」わけだよ。今。 天野: あああ~~~、なるほど…! 宇野さん: もちろん、実際はそんなに単純じゃないよ。 でも、カルチャーの世界にいた僕にとって、すごく敗北感があるわけ。 「そういうんじゃないんだろう?」と。政治とか、既存のイデオロギーへの依存でごまかせないようなものが、人間の心のなかには存在するという確信があるから、僕らは虚構の世界や架空の物語を大事にしてきたんじゃないの? って、すごく言いたい。 天野: どっかから、「現実イコール」になってしまっている。 宇野さん: 今起きているのは、「虚構の敗北」だと思うんですよ。 今日、吉本隆明の話をしたけど、50年以上前に結論は出てたはずなんだ。 要約すると彼はこういうメッセージを発していたんだよ。「政治的に振る舞うことを恐れてはいけない、しかし政治的に振る舞うことを目的にしてはいけない」。 天野: うーん…なるほど… 宇野さん: たとえば左翼の人たちは、「私たちは選挙に負けたけど、正しいことをしてるんだからいいよね」って言って、仲間内でおいしくビールを飲んでいる。 それに対してネオリベ・冷笑派は、負けた側を後出しじゃんけん的にバカにすることによって、気持ちよくビールを飲んでいる。 左派は「政治的に振る舞うことを目的にしてはいけない」ことを忘れているし、右派は「政治的に振る舞うことを恐れてはいけない」ことを忘れている。 社会思想史的にはとっくの昔に出た結論なのに、みんながそれを忘れちゃってる。 何で忘れているかっていうと、明らかにSNSの影響。SNSで政治的な発言をして敵対勢力をぶっ叩くことによるコスパがあまりにも良すぎるから、そうなってしまっている。 すいません、長くなりました。 天野: いえ、ありがとうございます。 今日はかなりお時間をいただいてしまったんですが…また、ぜひお話しさせてください。 宇野さん: はい、僕でよければぜひ。よろしくお願いします。 天野: 本当にありがとうございます。 宇野さん: なんかこう…サムネイルではイケメンに見える写真を使ってください。 ちょっと見栄えのいいやつにしてくださいね。 天野: そこなんだ(笑)。わかりました(笑)。