脳を知る 認知症 家族の理解が大切
「料理するのに時間がかかるようになって、夫から遅いって怒られるんです」。70代の女性が、夫に連れられ私の物忘れ外来を受診されました。女性は、今までは活発に家の外に出かけていましたが、コロナ禍でもあり家から外出しなくなり、2、3カ月前から物忘れが強くなってきたとのことで、受診されました。 学生の頃から料理が好きで大学でも食物の勉強をしていたため、料理が得意だったのですが、最近はレシピがぱっとでてこなかったり、要領良く順序立ててつくることが難しくなったりして、料理の完成まで時間がかかるようになってきました。夫には、「ご飯まだできないのか」「料理が遅い」と怒られるようになりました。また同じことを何度も言ったり、夫が言ったことをすぐ忘れていたりしました。本人も気持ちが穏やかでなくなってきたとのことでした。 物忘れの検査では、30点満点中24点と境界ラインでしたが、脳MRIをしてみると記憶をつかさどる海馬という部分に萎縮を認めていることが分かりました。そのため、「アルツハイマー型認知症」と診断して、抗認知症薬を開始しました。また本人には、できるだけ家から出かけて人と会話するようにしてもらい、夫には、することに時間がかかったり、失敗したりしても怒らないように私から説明しました。 その後、髄液検査でアミロイドβが蓄積している所見を認めたため、認知症の新薬も開始しました(新薬を使うためには、PET検査か髄液検査でアルツハイマー型認知症で蓄積するアミロイドβを証明しないといけません)。しばらく治療をつづけていると、本人は「気持ちが穏やかになりました」と言ってくれました。夫からは「妻の女性の気持ちや人を気遣う気持ちとかが、戻ってきた感じがします」と言われました。 認知症は、記憶の障害のため日常生活に支障をきたす病気です。いつもできていたことがうまくできなくなり、不安な気持ちもでてきます。認知症の診断や治療をしていくことがまずは大切です。しかしそれと同じように大切なのは、家族が認知症を理解して対応してあげることです。料理に時間がかかったり、失敗したりしてもしかったりせず、あたたかく見守る気持ちが大切です。同じことを何回も言っても、「また同じこと言って」と怒ったりせず、初めて聞くように聞いてあげてください。怒ったりすると、本人はよけいに混乱してしまうことがあります。 また介護する夫の方も人間です。何十回も同じことを言われると怒ってしまうかもしれません。介護保険でデイサービスなどを利用して、少し介護から解放される時間をつくりましょう。本人にとっても、外出したり人と話す機会ができたりと、脳の活性化につながります。認知症を治療していく上で大切なのは、薬はもちろんのこと、家族の対応と介護サービスの利用です。