〈研修なしで夜勤〉〈座っていると『休憩』カウント〉元職員が訴えた千葉・児童相談所「超ブラック労働」の実態
座っている時間は「休憩」
「明日、夜勤いけるよね? その時の業務はシフト被った人に教えてもらって」 2019年4月1日、入庁式を終えたばかりの飯島さんは、上司からそう告げられた。被虐待児や非行に走った児童と向き合う現場であることは覚悟していた。それなのに、研修もなくいきなり夜勤を任されることに戸惑った。 「オリエンテーションでは、連休は滅多に取れないことと、休憩時間は基本的にないと説明を受けました。入所児童らの行動記録をつける間は座っていられるので、その時間を『休憩』と見なしていると」 飯島さんの配属先は、児童相談所に併設されている一時保護所という施設だった。名称の通り、一時保護所とは、親からの虐待やネグレクト、経済苦、非行などで保護された子供が、一時的に匿われる施設だ。 一時保護所の役割は、保護された児童の今後の進路を協議しつつ、その間に入所児童が安心安全に暮らせるようケアすることだ。いくら専門職員とはいえ、いきなり事情が分からない児童を保護しても、児童相談施設や里親に預けるべきか、自宅に帰すべきかの判別はつかない。 そこで一時保護所で、ケースワーカーや職員らが調査を重ね、その間に児童の面倒を見るわけだ。入所児童からしたら、家庭から隔離されたショックが鮮明な時期であり、職員にとっても神経を使う職場となる。 飯島さんが配属された一時保護所は、常任職員が15人程度に対して、入居児童の定員は20人とされていた。しかし実情は、30人近い児童が入所しており、ゆえに新人研修もろくに行えなかったのだ。 当時、入所児童は3~17歳で、その時々で男女比も年齢層も異なるが、基本的に施設で生活するのは小学生以下が多くを占めていた。児童の年齢が低いぶん、職員もケアに時間を取られる。
過酷すぎる一日の業務
勤務体系は日勤と夜勤に分かれており、日勤が8時半~17時15分(うち休憩1時間)、夜勤が12時半~翌9時45分(うち4時間半が仮眠時間)とされていた。日勤であれば約8時間前後、夜勤はその倍となる16時間前後が、規定の労働時間となっていた。 しかし、慣れない業務に追われるなかで、飯島さんが定時で上がれることはほぼなかった。そのうえ退職や異動で去る同期もいたが、人員補充はなかった。一人当たりの仕事は増えるばかりで、残業時間は日に日に延びていく。 飯島さんからの聞き取りと、東京都福祉局の資料をもとに、一日のおおまかな業務内容を抜粋する(時間は目安)。 ---------- 【一時保護所での一日】 7:30 児童の起床時間 8:30 日勤組が出勤、朝食 8:45 夜勤から日勤スタッフへの引き継ぎ →夜間のスタッフから、体調不良の児童や、喧嘩や夜泣きなど、児童に関するトラブルなどを共有。他にも、夜勤職員が記録した児童の行動観察記録に目を通して、各児童の状態を把握しておく。 9:00 朝の会 →新しく入所する児童の説明や、体調不良の入所児童がいないかどうかなどを周知連絡する。 9:30 学習やレクリエーション →ここでは児童・小学生・中学生・高校生と、年齢ごとにプログラムを変えて勉強を教える。小学生は1年生から6年生まで合同で授業をするため、国語だと「“あ”が付く言葉を羅列する」言葉遊びに近い勉強から始まり、その後は各児童がプリントやドリルをこなす。ただし、不登校だった児童も混合しているため、必ずしも学年に合わせた教材を使用するのではなく、各児童の学習能力に合わせた指導を行う必要がある。中高生は基本的にプリント学習で、分からないことがあれば職員が対応する、いわば個別指導のような形式だ。高校生に小学校6年生用のプリントを配布することもあった。 12:00 昼食 →給食のように入所児童が一堂に会するため、喧嘩などのトラブルが起こりやすい。入所児童の中には、カップラーメンやお菓子しか食べていない偏食持ちであったり、幼い場合は箸の使い方を知らない当事者も一定数いる。そのため職員は、喧嘩の仲裁や、食事マナーや好き嫌いを克服してもらうための指導など、慌ただしく対応せざるを得ない。 13:00 昼の会・掃除 →寝室や玄関、居間など、施設全体を掃除する。この時間帯は児童が一斉に散らばるので、入所児童が無断外出し、事故やけがに巻き込まれることがないよう、職員が気を張る瞬間でもある。 13:30 自由時間または学習時間 →自由時間とはいえ、その時々ごとに「テレビを観れる日」「鬼ごっこのような運動する日」「裁縫などワークショップを行う日」などプログラムが決まっている。各職員は持ち回りでその日のレクリエーションを企画する。また施設で放映するテレビも、職員が番組表から録画して決める。もっぱら流していたのはバラエティや音楽番組で、ニュースやドキュメンタリーは採用しない。殺人や傷害、強姦などショッキングなニュースに触れると、過去に両親から虐待を受けた児童がフラッシュバックを起こしてしまう危険性もあるからだ。なるべくテレビでは無難な番組を採用するのが暗黙の了解となっていた。この間におやつの時間も入る。 15:00 入浴 →自由時間の合間に、児童らを交代制で入浴させる。入所人数にもよるが、入浴時間は20分きっかりと厳格に決められており、飯島さんら職員はストップウォッチで時間を計測していたという。 16:00 行動記録の記入 →入浴後から、夜間スタッフに引き継ぎを行いつつ、児童がその日にどのような行動をしたか記録をつける。職員との会話内容や、どの児童と遊んでいたか、食事を残していないかなど、児童の特性がわかる行動を逐一書き留める。新入社員だった頃の飯島さんは、担当する児童1人あたり早くて10~15分ほどの時間を要し、合計2~2時間半ほどかかったため、残業時間が延びる原因となった。 18:00 夕食 18:30 夜の会&自由時間 →午後の自由時間と同様に、児童にテレビを見せたり、学校の宿題を手伝ったり、日記を書かせたりする。児童の面倒を見る合間に、職員は洗濯物を回したり、児童の健康管理を行う。 21:30 就寝 →規則としては21時過ぎから就寝に入る。児童らは4~6人の部屋で寝ることが多いが、たいてい全員がすぐに寝付くことはないため、寝静まる22時ごろまで待機や指導を繰り返す。 22:00 見回り →22時以降からは、交代制で1時間ごとに見回りを行う。児童らは定員4人の部屋で寝るため、寝付けない児童がストレスを抱えたり、夜にトラウマを思い出して泣いたりと、トラブルが発生しやすい。 25:00 雑務 →学習プリントの用意、日用品などの発注、警察や弁護士からの電話対応などに加え、行動記録や意見書を書く時間に充てる。意見書とは、行動記録をさらに詳細に記述したもので、児童が一時保護所を退所後、どのような支援が必要なのかについて意見する資料だ。夜間は職員が2人であるため、記録を担当する人数も増える。仮眠を取るタイミングは自由だが、児童の夜泣きや電話対応など緊急性を要する瞬間も訪れるため、どうしても睡眠は浅くなる。 ---------- 上記のように、日中は常勤職員5人、夜間は常勤職員2人とアルバイトの2人で職務をこなしていく。あくまでも上記は、飯島さんに聞き取りを行った2019年4~7月当時の市川児童相談所のケースであり、施設ごとに状況は異なる。 業務内容の一部を示しただけでも、職員は柔軟な行動を求められる機会が多い。常に児童の安心安全を守り、トラブルに対応する緊急性も求められ、児童らの記録をつけるためその日の出来事を記憶しておく必要もある。そもそも「座っている」と「休憩」とみなされるような職場で、気分転換できる時間は一刻たりともない。 過酷な労働環境に加えて、理不尽なルールが飯島さんの心身を蝕んでいく。後編記事『〈トイレまで付き添い〉〈職員は廊下で仮眠〉児童相談所「超激務」で千葉県を訴えた元職員男性の「決意」』ヘ続く。
佐藤 隼秀(ライター)