<ボクシング>“怪物”井上尚弥 父と二人三脚で掴んだ日本最速の世界王座
◇4月6日 WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦(東京・大田区総合体育館) 若きチャレンジャーの肉体に異変が起きたのは、3ラウンドの終了後だった。突如、井上尚弥の左足の太ももの裏がつった。1分間のインターバルでマッサージを施したが、その違和感からパンチを打つ際のバランスが崩れ始めた。 序盤から右のボディストレートでチャンピオンを下がらせ、そこにフェイントをかけながら面白いようにコンビネーションを叩き込んでいく。どちらがチャンピオンがわからない。スピードと手数で圧倒していた。4ラウンドを終えて、WBCルールによる公開採点は、3者共に40-36でパーフェクトに井上を支持した。だが、足に異常を覚えた井上は、そのペースを維持することができなくなっていた。5ラウンドから、メキシコの歴戦のチャンピオン、アドリアン・エルナンデスは、目の色を変え、前に出て接近戦を仕掛けてきた。 ボディをめがけてパンチを振り回してくる。 「ボディも効きました。それに足もつるし……苦しかった」 本来、井上が、他のボクサーと決定的に違う特徴に、ステップイン、ステップバックの鋭さがある。つまり、攻守の切り替えのスピードをパンチに直結させるというスタイリッシュなスタイルである。その足が使えない。井上の武器を放棄したようなものである。 父であり専属トレーナーの真吾さんの脳裏を「これ以上は無理。大橋会長に話をして、もう(勝負に)行かせようか」という思いが巡った。一か八かの玉砕戦法に出ようというのである。小学校1年の頃から、二人三脚で歩んできた親子の気持ちは、以心伝心した。井上は、後先を考えず足を止めて果敢に殴り合いに出た。そして、とどめは打ち下ろしの右ストレート。膝からキャンバスに沈んだ世界王者は、一度は、立ち上がったが、左目の上を切られ、血みどろになり、もう心は折れていた。 6ラウンド、2分54秒、レフェリーが井上のTKO勝利を告げた。井上は両手を突き上げて高くジャンプした。セコンドから父親が飛び込んできた。高校時代に7冠を奪い、怪物と呼ばれてきた20歳のボクサーは、泣きじゃくった父と強く抱き合った。