<ボクシング>“怪物”井上尚弥 父と二人三脚で掴んだ日本最速の世界王座
高校7冠の看板を引っさげて、プロの世界に入った井上は、苦労を知らないエリートだと言われている。だが、根本には、そういう家族の強い結束がある。入場曲にかかるWham!の「Freedom」。筆者世代の懐かしい音楽を20歳の若者がなぜ?と思っていたが、井上は「母が好きな曲なんです」と教えてくれた。その母と、整体の資格を持ち肉体のケアをサポートしてきた姉は、リングサイドで見守っていた。 試合1週間前に、井上をインタビューしたとき、彼に、なぜ世界王者になりたいのか?と聞いた。井上は、少し間をおいてから、こう言った。 「父と一緒にやってきたボクシングを証明したいんです」 父の真吾さんは、アマチュア経験を、それも数試合しか持たない。だが、海外のボクシング映像を擦り切れるほど見て、高度なボクシング理論を吸収してきた。元世界挑戦経験者で、大橋ジムのチーフトレーナーである松本好二トレーナーに、真吾さんのトレーナーとしての評価を本音で聞いたことがある。 松本トレーナーは「ボクシング理論は、プロのトレーナーとしても、十分なものがあります。あとは試合の中でのセコンドワークと経験だけでしょう。僕も、そこにはできるだけ力になりたいんです」と言っていた。世界経験が豊富な松本トレーナーに、真吾さんも何かあればメールで相談をしてくるという。大橋ジムに、親子セットで入門した形になっているが、大橋ジムだからこそ、井上親子の二人三脚が成功したのかもしれない。 それでも、皮肉屋の筆者は、井上に、いつか父離れをしなければならないのでは?と聞いたこともある。そのときも、井上はキッパリと「僕のボクシングは70パーセントは父の指導です。これから先も父以外のトレーナーは考えられない」と答えた。その父は、過去に一度だけ、息子に「もう辞めろ!」と叱ったことがある。インターハイで兄弟Vを果たした直後に、舐めた練習態度をしていたらしい。だが、井上は、ボクシングを辞めなかった。これまで、一度も、辞めると口にしたことはない。 「自分でやりたいと言って小学校1年から始めたボクシングです。自分から辞めるなんて言えるわけないじゃないですか」。これも井上家族が持つ哲学だ。 「すげえ」 「ほんとに凄い!」 試合後の控え室には賛美の言葉が乱れ飛んだ。TKOで防衛に成功したジムの先輩であるWBC世界フライ級王者の八重樫東も「世界王者になることは間違いないと思っていたけれど、勝ち方がさすが。倒しきることは簡単にできるもんじゃない」と絶賛した。