クルマ旅だから出会える、ドキュメンタリーのような風景──イタリア・トスカーナ州シエナ県サンジミニャーノをドライブする。【特集|クルマで旅しよう!】
オリーブオイル誕生の瞬間に立ち会う
秋といえば、オリーブの収穫時期である。他のトスカーナ地域と同様、サンジミニャーノ周辺の道でも、緑や紫の実をつけた木が迎えてくれる。オリーブ畑の面積はサンジミニャーノ地域だけで800ヘクタール、半径20キロメートルに範囲を拡大すると1万ヘクタールにおよぶ。そうしたオリーブの里に「フラントイオ・ディ・サンジミニャーノ」はある。エクストラヴァージン・オリーブオイル、石鹸、コスメといったさまざまなものを扱う直売所の傍らで、製造工程の見学ツアーやテイスティング(いずれも要予約)も行っている。 この施設、もうひとつ大きな役割がある。それは施設名にもあるfrantoio、すなわち搾油場だ。外部の人々が自分の畑で収穫したオリーブの実を運び込んでくると、それを絞って自家製オリーブオイルにしてあげる仕事だ。筆者の何人かの知人もそうだが、オリーブ畑をもつ人は毎秋、搾油場に電話をかけて順番の予約をする。 その日来ていたナターレ・ガンバッシさんは金物店の経営者だ。オリーブ約200本が生える畑を祖父から引き継いだ。「一番大変なのは、冬から春にかけての剪定ですね。木の正しい成育と、良い実づくりは、その作業にかかっているといっても過言ではありません」と彼は語る。「ただし、良い剪定の方法を教えてくれるエクスパートが徐々に姿を消しているのは困ったことです」とも明かす。 ガンバッシさんは続ける。「もうひとつ大変なのは実の収穫です。今日では機械のおかげで僅かに楽になったとはいえ、やはり簡単ではありません」。そういえば、かつて筆者も知人の畑で収穫を手伝ったことがある。多くのオリーブ畑は陽が当たる傾斜地にあるため、身体の平衡を保ちながら作業を続けていると、一日が終わる頃には足がガクガクになった。 いっぽう、オリーブオイル作りで最も感動的なときは? 「搾油口から適切な色と濃さのオイルが流れて出るのを見るときと、指でそれを味わうときです。いずれも何げない動作ですが、1年間続けてきた労力と努力に思いを馳せ、大きな満足感に包まれるのです」 そう語ったあと、ナターレさんはランドローバー・ディフェンダーの荷台にオイルを詰めたステンレス容器を載せて帰って行った。 次に搾油の順番を待っていたのは、23キロメートル南の村からやってきたステファノさんだった。1938年生まれの86歳。少し前には大病をし、高度治療を受けるため遠くミラノに入院した。それでも325本あるオリーブの木を守り続けた。 「始まりますよ」と声をかけてくれたスタッフと共に入った搾油場内は、擦りつぶしたオリーブの香りに包まれていた。破砕、撹拌、実との分離、そして低温による縦型遠心分離の4工程を経たオリーブオイルが搾油口から流れ出てきた。緑色であるものの、液体のゆらぎと鮮やかさによって、まるで炎のように見える。その瞬間、ステファノさんの顔に穏やかな笑みが浮かんだ。誰のものでもない、自分の家族と、ごく親しい人だけで分かち合うオリーブオイルである。 中世の農村の暮らし、幻のスパイス、そして自家製オリーブオイルを作る人々の喜び。辿り着きにくい場所に行くほどドキュメンタリー映画のような瞬間に出会うことができる。それこそクルマでめぐるトスカーナの楽しみなのである。
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