認知症とがん治療を両立させるために~「本人が決める」ために必要なこと
認知症があると入院生活で「せん妄」が出やすくなります
がんの積極的な治療の多くは入院を要します。高齢の患者さんは、入院中「せん妄」といわれる一時的な意識障害が出ることもあります。せん妄は環境の変化によるストレスだけで発症するわけではなく、身体的な要因から起こります。だれにでも生じる危険性はありますが、認知症があればさらにリスクが高まります。脳の神経障害による認知症と違い回復可能ですが、重症化すると、結果的に認知症が悪化するおそれもあります。要因・誘因を減らすことが、予防と早期対応につながります。 ■せん妄の症状の例 入院中、急にこれまでと違う様子が見られるようになったときは、認知症の悪化ではなく、せん妄の合併が疑われます。 ・自分が手術を受けたことを忘れている ・日中はぼんやり、夜になるとそわそわして落ち着かない様子がみられる ・集中できず、何度も同じことを聞いたり、しようとしたことを途中でやめたりする ・入院した理由がわからず、「家に帰る」と訴える ・点滴などの管を自分で抜いてしまう ・天井や壁を見ながら、そこにはないものや風景が見えると訴える
認知症が治療の妨げになることもあります
認知機能の低下がみられたり認知症の診断を受けていたりしても、それだけを理由に治療を受けられないわけではありません。ただ、つらさをうまく伝えられないまま、がんが進行した状態で見つかることも多く、選択可能な治療手段は当初から限られていることもあります。 また、「この方法で治療していく」と決めても、認知機能の低下が影響し、治療が予定どおり進まなくなることもあります。どのような問題が起こりやすいかを知ったうえで対応を考えていきましょう。
両立をはかるために
がん治療を進めるためには認知症にきちんと対応することが、認知症を進めないためにはがん治療にともなう負担を減らすことが必要です。 (1)「できる」を過信しない 薬の管理など、本人は「ひとりでできる」と言っていても実際には難しいことが多いもの。また、家族が「支えられる」と思っていても、支えきれなくなることもあります。本人も家族も負担になりすぎない治療法や支援のしかたを考えます。 (2)認知症の治療を開始・継続する がんをきっかけに認知機能の低下に気づいた場合は、認知症の診断を受け、治療を始めましょう。認知機能を維持する薬の使用や、日常的なケアを充実させることで、進行がゆるやかになる可能性はあります。 (3)本人の様子をよくみる 本人は体調が悪くても気づかなかったり、「熱がある」「痛い」などと訴えたりできないことも。いつもと違う様子があれば、身近な人が医療につなぎます。 (4)周囲と連絡、連携する 介護サービスを利用しましょう。施設に入った場合も、通院のつきそいは基本的に家族がおこないます。治療の状況や注意点など施設側に伝えることも大切です。 ※本人が安心して過ごせるように支えていく 認知症への対応がうまくいかず、本人の不安やいらだちが募ると、攻撃的になったり、ひとり歩きが増えたりと、より対応が難しい症状が増えてくることもあります。そうなると、がんの病状が進んだとき、緩和ケア病棟に入りにくくなるおそれもあります。 認知症を悪化させないためにも、がんへの対応で困らないためにも、本人が安心して暮らせるように支えていくことが大切です。
小川 朝生(国立がん研究センター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発分野長)