大腸に約40兆個「腸内マイクロバイオータ」とは?注目されたのはノーベル賞受賞学者が唱えたヨーグルト好きのあの地方の「不老長寿説」がきっかけで…
◆私たちの腸内に存在する「隠れた臓器」 腸内マイクロバイオータの中には、ビタミンB類やビタミンKなどを産生するものが存在します。 例えば、私たちが普段食している納豆に含まれる納豆菌は、ビタミンKを産生します。この納豆菌と同じはたらきをするマイクロバイオータが腸内に存在します。 また、神経伝達物質であるセロトニンは、腸内マイクロバイオータがL-トリプトファンから産生する代謝物や、腸の粘膜細胞が産生する5-ヒドロキシトリプトファンを原料として産生されます。 乳酸菌やビフィズス菌の中には、γ(ガンマ)-アミノ酪酸(GABA<ギャバ>)を産生するものも存在します。 ちなみに、私たちは、腸内マイクロバイオータが産生した短鎖脂肪酸を体内のエネルギー源として利用し、ビタミンKは血液を凝固させるために利用しています。 セロトニンやGABAといった神経伝達物質は、腸管神経系の活動を調節するために用いられています。 このように腸内マイクロバイオータは、私たちヒト自身が体内で産生できない物質を作り出せるので、「隠れた臓器」とも呼ばれています。
◆ヨーグルトが長寿の秘訣? 腸内マイクロバイオータは、どのようにして注目を集めるようになったのでしょうか。それは、ある科学者の先駆的な発想がきっかけでした。 1908年にノーベル生理学・医学賞を受賞したウクライナの微生物学者イリヤ・メチニコフは、免疫のしくみを解明した功績が知られていますが、晩年は、老化に関する研究に取り組んでいました。 大腸に便が滞留することで大腸内に棲んでいる腐敗菌が有害物質を産生し、それが細胞の老化を早め、短命の原因となっているのではないか、と考えるようになったのです。 また、古来ブルガリア地方に100歳以上の人々が多いことに注目し、この地方の食事を調べました。 その結果、他の地方と比較してヨーグルトが愛飲されていることに気づき、ヨーグルトこそが長寿の要因ではないかと考えるに至ったのです。 そこで、ヨーグルトを飲むことで乳酸菌が腸内に棲みつき、有害物質を産生する腸内の腐敗菌を駆逐し、長寿を得ることができるのではないかという「メチニコフのヨーグルト不老長寿説」を唱えました。この説によって、ヨーグルトがヨーロッパで広く普及するようになりました(1-4)。 メチニコフが所属していたパスツール研究所では、1899年に母乳を飲んでいる新生児の糞便からビフィズス菌が発見されており、腸内のビフィズス菌の生態に対する生理作用について研究が行われていました。 ちなみにパスツールは、「細菌の存在なくして生命は成り立たない(Life is not possible without bacteria.)」との名言を残したともいわれています。 これらのことも、メチニコフがヨーグルト不老長寿説を唱えることにつながったのではないかと考えられています。 ・参考文献 1-1 Sender R et al., Cell 164, 337-340, 2016. 1-2 Bianconi E et al., Annals of Human Biology 40, 463-471, 2013. 1-3 Tierney BT et al., Cell Host & Microbe 26, 283-295, 2019. 1-4 Metchnikoff E, Essais Optimistes, A. Maloine, Paris, 1907. ※本稿は、『「腸と脳」の科学 脳と体を整える、腸の知られざるはたらき』(講談社)の一部を再編集したものです。
坪井貴司
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