「悩んだら一度手放してみるのもアリ」“キャプ翼”に救われた中村憲剛が語る挫折と再燃
プレースタイルを変えたきっかけは『キャプテン翼』だった
――その挫折感を、どのように乗り越えたのでしょうか。 中村憲剛: 本当にサッカーをやめるんだったらボールも蹴っていなかったはずですが、先ほども言ったように、それでも細々と1人で壁に向かってボールを蹴っていたんですよね。うまくいかなくて離れたものの、多分サッカーをやりたい気持ちがあったんだと思います。それで、中学2年生のときに中学のサッカー部に入りました。 ――再びサッカーをやろうと思えたのは、どういった心境の変化があったのですか。 中村憲剛: サッカーから離れていた半年間で「やっぱりサッカーをやめたくない」と思うようになりました。そこで、「じゃあ中村憲剛は試合の中で何を武器にしなければいけないのか」と、初めて俯瞰(ふかん)で考えるようになったんです。 もう自分1人でドリブルで抜くことはできないし、敵にぶつかったら吹っ飛ばされてしまう。それならパスを武器にしなければいけないんじゃないかと思うようになったんです。そのためには、相手にぶつかられないポジションをしっかりと取る必要がある。サッカーを続けたいならスタイルを変えるしかないと気づきました。「自分でゴールを決めてチームを勝たせる」という自分の存在意義がなくなってしまったのはショックだったけど、「だったら何をやるべきなのか」を自分の中で変換していったんです。体のサイズの変化によって問題が生じたことで、「理想の役割が果たせない自分を受け入れて、スタイルを変えなければいけない」と気づけたのは幸運だったと思いますね。 今振り返ると、サッカーから離れた半年間は“できない自分”を受け入れる時間だったんだと思います。自分の生かし方を考えたという意味でも、のちのサッカー人生に影響する大きな出来事でした。 ――そういった気づきを得られたきっかけがあったのでしょうか。 中村憲剛: 実は、漫画『キャプテン翼』のおかげなんです。子どもの頃は、フォワードこそがヒーローのような感覚がありました。だから、最初はみんなフォワードがやりたくてサッカーを始めていると思うんですよ。でも、『キャプ翼』の中で翼くんがフォワードからミッドフィルダーにコンバート(メインで担うポジションを変更すること)したのを読んで、「それでもいいんだ」と気づかされたんです。 僕は『キャプ翼』に救われたんですよね。プロになってから作家の高橋陽一先生にお会いしたときにも、そのことを伝えたくらいですから。ちなみに、一時期、日本代表の中盤にすごく良い選手がそろっていた時期がありましたが、あれも『キャプ翼』の影響だったのではないかと思っています(笑)。