ホンダの軽商用BEV「N-VAN e:」が個宅配ビジネスで存在感を高めているのはなぜなのか
軽商用バン市場におけるホンダの巻き返し
先日うかがった軽商用バンの電気自動車(BEV)「ホンダN-VAN e:」のメディア試乗会で、開発チームの皆さんと話していて印象的だったのは「今回のBEVをきっかけに、軽商用バンにあらためてチャレンジすることにしました」という言葉だ。前後の文脈から、ここでの“チャレンジ”には、技術的な挑戦という意味のほかに、ビジネス的なものも含まれているように思えた。 【写真】“日本の働く現場”を支える軽商用バンの電気自動車「ホンダN-VAN e:」をもっと詳しく見る(19枚) N-VAN e:のベース=ガソリン仕様の「N-VAN」は2018年7月に発売されたが、このときの販売計画は月間3000台。発売から2年ほどは順調に計画を超えていたN-VANだったが、2020年と2021年はコロナ禍もあって計画割れ。2022年以降は復調するも、月平均では2500台前後にとどまった。2024年7月には2度目の一部改良を実施したものの、それ以降も登録台数は月間3000台を超えていない。 まあ、発売から約5年間の月間平均なら2800台強となるので、N-VANを販売不振と断ずるのは失礼だろう。N-VANの前身である「バモス」のモデル末期は月間1000台前後の登録台数にとどまっていたから、N-VANへとモデルチェンジした意味はある。 ただ、N-VANのライバルとなる「スズキ・エブリイ」の近年の登録台数は月間5000~6000台、「ダイハツ・ハイゼット カーゴ」のそれは(認証不正による生産中止時期をのぞくと)月間6000~8000台と、純粋にN-VANよりはるかに多いのも事実だ。しかも、スズキとダイハツにはそれぞれOEM(スズキは日産、三菱、マツダに供給、ダイハツはトヨタ、スバルに供給)による上乗せもある。 N-VANの業績がエブリイやハイゼット カーゴにおよばない理由は、いくつか考えられる。まずバモス時代の実績からもわかるように、そもそも軽商用バン市場におけるホンダの存在感・販売力は強くない。
軽商用バンを取り巻く環境が変化
もうひとつの理由は、商用バンとしての機能性だ。エブリイやハイゼット カーゴは、前席より後ろの空間を最大限に確保できるよう、前席下にエンジンを置く=前席乗員をフロントオーバーハングに追いやるキャブオーバーレイアウトを採用する。対してN-VANはご承知のように、多くの軽乗用車と同じFFレイアウトだ。このレイアウトはエンジンルームのぶんだけ前後方向の室内空間が削られるので、キャブオーバーよりどうやっても荷室長が短くなる。 また、荷物を満載することも多い商用バンの場合、FF=前輪駆動では、雪道や凍結路などでのトラクション性能=推進力を不安視する声も根強い。リアの荷室側が重くなるとフロントの荷重が減って、駆動輪が滑りやすくなるからだ。キャブオーバーは後輪駆動が基本なので、リアに重いものを乗せると、トラクションは逆に向上する。 もちろん、N-VANの開発時にホンダは入念なテストを繰り返して、N-VAN用に耐久性の高い4WDシステムも新開発。「一般的な使いかたならFFレイアウトのN-VANでなんら問題なし」と判断したわけだが、一度確立した固定観念をくつがえすのは簡単ではない。 もっとも、床下ミドシップレイアウトでキャブオーバーと同等の機能性を確保していたバモスから、N-VANへのモデルチェンジを決断した時点で、こうしたツッコミは想定内。それにN-VANは軽乗用車の「Nシリーズ」とプラットフォームを共有しているので、少ない台数で事業性を確保できるようになっている。 にもかかわらず、開発陣から冒頭のような言葉が出るということは、本来ならN-VANはもっとブレークしてもいいはず……との本音がホンダにはあるのだろう。たしかにN-VANはバモス(の末期)からの登録台数増には成功したが、N-VANによって、エブリイやハイゼット カーゴに影響が出たとは、少なくとも外形的な数字からは読み取れない。つまり、N-VANがひそかに画策していた(?)軽商用バンのパラダイムシフトは起こせていない。 いっぽう、軽商用バンを取り巻く環境は、N-VANの発売当時から大きく変化した。 そのひとつ目は、いうまでもなく物流業界にも押し寄せるカーボンニュートラル化への圧力である。ホンダがN-VAN e:を手がけた最大の理由も、まさにそれだ。