【皇室コラム】「その時そこにエピソードが」第25回 <関東大震災とベルギーから贈られた絵画と中禅寺湖畔の別荘>
■73年後にスポットが当てられたベルギーの絵画
関東大震災の73年後。ベルギーから贈られた134点の絵画にスポットが当たります。1996(平成8)年10月、国賓としてアルベール2世国王夫妻と、フィリップ皇太子(現国王)が来日した時です。 上皇ご夫妻は国王一家の来日を控え、バッソンピエール大使の『回想録』を翻訳し、『日本・ベルギー関係史』などの著書がある上智大学教授の磯見辰典氏から話を聞かれました。磯見氏は関東大震災の折にベルギーから贈られた絵のことを話題にし、上皇さまは「皇居内に三の丸尚蔵館という美術館があるから、調べてもらいましょう」と話されました。 その様子を磯見氏は月刊『文藝春秋』(1997年4月号)に書き残しています。2日後、三の丸尚蔵館の学芸員から「5点が見つかった」と電話がありました。数日後に宮中晩餐会に出席すると上皇ご夫妻からも話があり、上皇后さまはうち1点が須崎御用邸(静岡県)の寝室の壁にかかっていると明かし、「やっと絵の由来がわかりました」と喜ばれたそうです。 上皇さまの説明から、磯見氏はその絵をエルマン・リシェールの「岩上の婦人」に間違いないとしています。昭和天皇が買い上げた絵の1枚です。 3か月後の1997(平成9)年1月、三の丸尚蔵館で展覧会「ヨーロッパの近代美術――歴史の忘れ形見」が開かれます。「長く忘れ去られていた美術作品の魅力を再発見していただければ」。「あいさつ」にあるように、17点の出品作品の中に、新たに確認されたベルギー寄贈の絵画から「ローマ聖ピエトロ大聖堂」(フランソワ・パイク)など2点が出品され、図録に「参考図版」として「岩上の婦人」など3点の写真が掲載されました。
三の丸尚蔵館の『年報』に当時の学芸員の大熊敏之氏が興味深い論考(「<白耳義国作家寄贈絵画展覧会>始末」)を書いています。大熊氏は、当時の美術ジャーナリズムが展覧会に〝冷ややか〟だったことを指摘し、作者の多くがアマチュアだったことを挙げて絵画は「あくまでもベルギーの人の『尊い真心』のあらわれ」で、それで美術史の中で忘れられていくことになった、という見方を示しています。 美術界の評価はともかく、「尊い真心」の背景には、昭和天皇のルーヴェン視察があるように思えてなりません。『御外遊記』が言う「文化破壊の横暴に対するご弔問」です。朝日新聞によれば、大正天皇は図書館の再建に1万円、宮内省は「古事記」などの古書を贈っていますから、〝弔問〟や民間の支援に対する感謝、返礼が、絵画の寄贈となったのではないでしょうか。「真心」を受け止めたからこそ、身近な御用邸に1枚が掛けられてきたと思うのです。