コロナ禍で停滞、危機に瀕する小児心臓移植――患者と家族の苦悩
2010年の改正臓器移植法施行で、かつては不可能だった小児から小児への臓器提供が可能になり、19年には過去最多の17人が心臓移植を受けた。しかし、そこにコロナ禍が襲いかかる。コロナ患者の治療に病院の人手が取られ、20年6月からの1年間、小児心臓移植は完全にストップ。さらに移植を待つ間の「命綱」ともいえる補助人工心臓にも空きがない。危機に直面する子どもや母親、医師らを取材した。(取材・文:川口 穣/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
移植手術までの長い待機日数
集中治療室のベッドに座り、勢いよくドーナツにかぶりつく。「おいしい」とうれしそうにつぶやく、こたろう君の表情は5歳児の自然な笑顔だった。今年7月のことだ。鼻には酸素吸入のためのカニューレがあてられ、体からは何本かのチューブが伸びる。一時11キロに落ちた体重は、この3カ月で16キロにまで増えた。
それでも、こたろう君の命は薄氷の上にある。 「三尖弁(さんせんべん)閉鎖症」と「僧帽弁逆流症」という心臓の病を抱え、2015年に生まれた。生後2週間でカテーテルを入れる手術、1カ月で開胸手術を受けた。生後半年には、20時間に及ぶ大手術を乗り越え、2歳半のときの手術で一通りの治療を終えた。慢性的な心不全がありながらも、2歳半から約3年間は自宅で生活し、幼稚園にも通うことができた。 こたろう君は長期入院を繰り返していたこともあり、一般の子どもとは少し違った発育過程をたどってきた。歩けるようになったのは3歳を過ぎたころ。言葉でコミュニケーションを取れるようになったのも周りの子どもたちより遅かったが、両親にとって自宅で過ごした3年間はかけがえのない時間だった。母親のかなこさんは言う。 「一緒にお風呂に入ったり、家族3人で一緒に寝たり、お家で誕生日を祝ったり、『普通の暮らし』を送ることができました。それまではこたろうの将来を考えることも難しかったけれど、小学校は通常学級でいいのかなとか、はじめて将来像を描くこともできたんです」