コロナ禍で停滞、危機に瀕する小児心臓移植――患者と家族の苦悩
それが今年4月、急変した。こたろう君は嘔吐を繰り返し、病院に搬送された。肝臓と腎臓はほとんど機能しておらず、重度の心不全だった。血液循環を助ける補助人工心臓を装着して症状は少し改善したが、医師からは「治療には心臓移植しかない」と告げられた。 心臓移植を受けるには、日本臓器移植ネットワークに「移植希望登録」することが必要だ。登録後、適合する提供者(ドナー)が現れれば移植を受けられるが、待機期間は平均で400日超に及ぶ。
心臓移植の登録にあたっては、心臓以外の臓器に大きな問題がなく、移植とその後の治療に耐えられることが原則だ。当初、肝臓や腎臓の機能が落ちていたこたろう君が移植希望登録できたのは8月に入ってからで、ドナーはまだ現れていない。 いま、こたろう君の血液循環を補助するために使われているのは「遠心ポンプ」と呼ばれる装置だ。だが、実は本来の用途とは異なる。小児用の補助人工心臓に空きがないためで、「一時しのぎ」の処置なのだ。いつ何が起こるかわからない。 こたろう君は4月の搬送以来、集中治療室から出られていない。かなこさんは毎日片道2時間かけて病院に通う。コロナ禍で面会時間は制限され、対面できるのは1日わずか15分。かなこさんが読む絵本の終わりが近づくと、面会時間の終了を悟ってこたろう君は泣きじゃくる。
コロナ禍、移植手術の進展が停滞
一刻も早く小児用の補助人工心臓を使用し、移植を待たなければならない。だが、コロナ禍で臓器移植数が激減し、移植希望者は増え続けている。こたろう君のような重症心不全状態にある小児の命がいま、危機にさらされている。
日本心臓移植研究会のまとめによると、小児心臓移植は2019年には過去最多の17例、20年も1月から6月までに5例が行われたが、6月8日を最後に今年6月まで、全国で1例も実施されなかった。心臓移植の第一人者で、国立循環器病研究センター移植医療部長の福嶌教偉(ふくしま・のりひで)医師(福嶌教偉医師の「教」は正しくは旧字)によると、コロナの急患対応に人員や設備を割かれ、臓器提供にまで手が回らなかったことが原因だという。 臓器移植のための脳死判定や臓器摘出はどの病院でもできるわけではなく、大学病院や救命救急センターなど、臓器移植法の運用指針に合う施設に限られる。全国約8300病院(診療所を除く)のうち、指針に当てはまるのは約850施設だ。小児からの提供の場合はさらに少なく、実施可能と公表している施設は250程度しかない。そのような状況下で新型コロナの感染拡大が起こった。福嶌医師はこう説明する。 「新型コロナの感染拡大で、臓器提供ができる大きな病院の多くがコロナ患者の対応に追われています。国立循環器病研究センターでも、コロナ重症患者用の病床を14床つくるために、もともとあった病床30床分を割いています」 多くの病院がそのような体制を取っていて、脳死判定される可能性のある重症患者を受け入れられず、臓器提供のできない病院へ搬送されるケースがある。また、仮に臓器提供が可能な病院に搬送されても、コロナ禍で普段できている対応ができないという。 「臓器を提供してもらうには、患者の家族の同意を得たあとに2回の法的脳死判定を行うなど複雑な手続きがあります。その後の臓器の摘出にもかなりの医療リソースが必要になる。脳死患者はいわば『助けられない人』。助けられる新型コロナの患者に力を注ぐのに精いっぱいで、臓器提供にまで手が回らない病院が多くあります」