「血のガーゼが降ってくる」一心不乱にかき集め、早く正確に出血量を測る…"オペ室看護師"の知られざる日常
■血まみれのガーゼを次から次に床に放り投げる執刀医 「吸引、100です!」 千里は麻酔科医に報告した。次は出血カウントだ。「火バサミ」でバケツからガーゼを拾いあげ、秤に載せる。10や20だったらまだ報告は早い。合計で100グラムになったら麻酔科医に知らせればいい。 千里はオペ室の床に「無窓」と呼ばれるおよそ1メートル四方のシートを広げた。外科医はガーゼを2、3枚まとめて術野に突っ込み、血でぐっしょりになると、まとめてバケツに捨てる。千里はそれを拾うと1枚ずつ広げていく。ガーゼの数もカウントする必要があるからだ。 手術前に用意したガーゼの数と、シートに広げたガーゼの数が、手術終了時に一致しなければ、それはガーゼが患者の体の中に残っているということだ。千里は左から右へガーゼを1枚ずつ並べていき、それが10枚になったところで1つの山にしてまとめる。確実にやらないといけない大事な仕事だ。 そうやってガーゼの束の重さを計測し、また1枚ずつバラして広げていると、千里の耳にビチャッ、ビチャッという音が飛び込んできた。何だろうと外科医たちの方を振り返ると、執刀医が血まみれのガーゼを次から次に床に放り投げていた。 「ガーゼ! ガーゼ! もっと出して!」 外科医たちが器械出しの看護師に向かって叫んでいた。手にしたガーゼの束を手術野の奥に突っ込んで圧迫し、次には取り出してバケツに捨てている。いや、バケツから的が外れて床に投げ捨ててしまっているのだ。 ■雨が降ってくるようにビチャビチャと落ちてくる 千里は焦って次々にガーゼを「火バサミ」で拾い上げ、どんどん計量した。1回の計測で出血量が200グラムくらいあった。千里は麻酔科医に「ガーゼ出血200です!」と叫んだ。 だが、息つく間もなく、まるで雨が降ってくるように次から次へと血のガーゼがビチャビチャと落ちてくる。手術室の床は辺り一面血だらけになっていた。 (こ、これって修羅場?) 千里はごくりと生唾を飲んだ。正確に出血量を測らないと輸血ができない。一心不乱に千里はガーゼをかき集めた。もういちいち「火バサミ」は使っていられない。手袋をした手で床に落ちているガーゼを直接拾い上げた。 出血はたちまち、300、400グラムになった。二人いる麻酔科医のうち一人がオペ室から走って出て行った。輸血製剤を取りに行ったのだろう。 千里はもう必死だった。出血の計量も大事、ガーゼの枚数をカウントするのも大事。術野を見る余裕など完全にない。おそらく切った肝臓の断面から血液が噴き出しているのだろう。それとも、肝臓から下大静脈(かだいじょうみゃく)に流入する肝静脈を切ってしまったのか。