吉野氏が化学賞「リチウムイオン電池」研究の歴史がつなぐ50年後のノーベル賞
視点を現代に移してみたいと思います。リチウムイオン電池は、高い機動力を持つだけではなく、軽くて大容量、さらに高い安全性も実現しました。これにより、電話やパソコンが小型化して持ち運び可能なものになり、私たちの暮らしを大きく変えました。しかし、電池の分野では研究が今も急速に進んでいます。興味深いのは、そうした研究の中にAI(人工知能)による「機械学習」が取り入れられつつあるという点です。 たとえば今年の春に、学術出版社のSpringerが、化学業界では初となる機械によって書かれた本を出版しています。この本のタイトルが「Lithium-Ion Batteries」。まさに、リチウムイオン電池に関する最新の研究を機械が自動的に要約してまとめた本だったのです。この本では、2016年から2018年に発表された150以上の論文をもとに、マイナス極やプラス極の材料などについて紹介しています。 なぜ、リチウムイオン電池がトピックに選ばれたのでしょうか。ここ3年間で、リチウムイオン電池に関する論文は5万報以上も発表されています。1日あたり45本以上になる計算です。とても生身の人間に読みきれる量ではありません。それでも、この分野の最新動向を把握することは、研究に携わる人には必須です。それらを機械が自動的に要約すれば、多くの研究者の目に届くようになります。まさに、研究が加速している分野だからこそのエピソードではないでしょうか。 また「マテリアルズ・インフォマティクス」といって、機械学習を用いて最適な材料を探すという方法も見られるようになりました。リチウムイオン電池のマイナス極に使われる炭素系材料の探索に応用した研究なども報告されています。 リチウムイオン電池の改良だけではなく、次の世代を担う電池の開発を目指して必死に研究を続ける研究者もいます。「次世代電池」の一つである「多電子系電池」を研究している、東京大学大学院理学系研究科の佐藤正春先生は、吉野博士のノーベル賞受賞を励みに研究を続けていくと語ります。 「リチウムイオン電池は、たくさんの研究者や技術者が開発に取り組み、今でも日々新しい発見や改良がなされ続けています。そして世界中で進められる技術開発競争の結果、その性能はとても高いものになりました。しかし、エネルギーやコスト、信頼性、安全性などに対する社会の要求には限りがありません。新しい発想に基づいた、リチウムイオン電池を超える性能をもつ電池の開発は簡単ではありませんが、私たちが取り組まなければならない課題です」 はじめからどの種が花開くか、それが分かれば苦労はしません。まずはできるだけ多くの種をまき続けることが大事なのではないでしょうか。そして、小さな芽が出たものには丁寧に水をあげていく、そんな中で50年後に私たちの生活において欠かせない、そして人類のために貢献できる技術が花開いていくのかもしれません。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 竹腰麻由(たけこし・まゆ) 1993年、岐阜県生まれ。専門は有機化学。大学院にて光る分子を研究するなかで「科学と社会をつなぐ人が必要なはずだ」と思い、化学メーカーを経て、2018年10月より現職。趣味はピアノ。