K-1チャンピオンがプロボクサーに転身。わずか9戦で王者になった武居由樹の生き方とは
K-1チャンピオンがプロボクサーに転身。わずか9戦で王者になった彼の生き方とは。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」No.882〈2024年6月20日発売〉より全文掲載) [画像]武居由樹選手
前日には不安はまったく消えていた
気合とともに繰り出した左ストレート。サンドバッグは大きく凹み、グラリと揺れる。「あれ喰らったら完璧ダウンね」と言うと、「いや、死にます」と編集者が返す。確かに…死ぬ。ハードパンチャーである。しかし強さを誇るようなことはまったくないし、練習中に見せる笑顔も爽やか。受け答えも真面目で真摯だ。天は二物どころか、三物も四物も彼に与えたのだろう。 武居由樹は今年5月6日に東京ドームで行われた井上尚弥の世界戦でセミファイナルに出場。WBO世界バンタム級王者のジェイソン・モロニー(オーストラリア)に勝利し、チャンピオンとなった。観衆は4万3000人。実は武居は元キックボクシングK―1の世界王者で、プロボクシングと両方でチャンピオンになったのは初。そんな彼だから、大観衆の中での戦いは慣れていると思ったが、どうやら違ったようだった。 「両国(国技館)とか、さいたま(スーパーアリーナ)とかでやらせてもらったりしていたのですが、やっぱりドームは観客の人数が多いと思ってました。だから、動揺しないようにって。ただ試合前は、不安はなかった。1か月前とかは、練習がキツくてケガが怖かったり、勝てるかなという気持ちがありました。でも、そういうのがだんだんなくなっていって…。研ぎ澄まされていった感じです。ちゃんと準備してきたから、大丈夫だろうという覚悟で臨めた。もう本当にやるしかないっていうふうに変わっていったんです」 ボクシングに転向してから、八重樫東さんの指導を受けた。八重樫さんは元世界3階級制覇王者である。武居の普段の体重は63kgほど。ボクシングの技術的な面だけではなく、53.5kgまでの約10kgを減量する方法も八重樫さんに教えてもらった。 「K-1時代は何の知識もなくて、ただ水を抜くって感じでやっていたのですが、ボクシングを始めてから、今思えば本当に当たり前のことなんですけど、たとえば脂肪を削って計画的に落とす方法を八重樫さんに教えてもらった。6週間ぐらいかけて落としました。だから、本当にコンディションもメンタルもいい状態で、試合を迎えることができたんです」 体重の計量は試合前日。もちろんクリアした。そして、ここでクリアしたら、翌日の試合まで選手の飲食は自由。つまり、体重は増えていく。 「食べるのはおかゆとかうどんなどの炭水化物。すぐにエネルギーになりますから。試合までに水と合わせて、だいたい7kgぐらい戻ります」 これで、すべてが整った。最高の状態で東京ドームに響く声援を受けながら、武居はリングへ上がった。