『きみの色』山田尚子監督インタビュー 「最も大事にしたのは“人をジャッジしない”ということ」
やがてそれは“白”になる。『きみの色』の画面設計
山田監督はだからこそ、作品ごとにキャラクターをどのレンズで、どのぐらいの光量で捉えるのかに力を注いできた。山田作品では、どんな物語が描かれるのか? と同じぐらい“その光景をどんなレンズで、どんな光で描くのか?”が重要になる。その光が、レンズを通して結ばれる像がキャラクター表現だからだ。 「色は光の集合体で、光の波による現象です。この作品では“光”がポイントだと思ったので、光をたくさん取り込むことのできる大口径レンズ(開放F値の小さい大口径レンズは光をたくさん取り込むことができる一方、ピントの合うエリアは狭く、画面の中に淡く美しいボケ感が演出できる)で撮ることを考えました。結果としてシーンによっては光が入り過ぎて白く飛んでしまう部分が出たとしても、この作品ではそれでも良い、光をコンセプトに考えたいと思って画面をつくっていきました」 レンズは光をとらえ、集まった光の波は色になる。本作では色の設計も考え抜かれており、アンバー(琥珀色)のカラーフィルターがかかったようなショットもあれば、一転して色温度がグッと下がって青みがかったショットもある。それらは時にシーンごとに混ざり合うが、入念に色彩設計がされているため、色味の変化に違和感がないのがポイントだ。 「色についてはすごく考えました。最初の段階で映像のコンセプトについてメインスタッフの方とお話をさせていただいたので、その点ではとてもやりやすかったです。まず最初にしたのは“色のレンジ=幅”の共有ですね。この作品ではどの色を、何をもって美しい色とするのか? それはもっとビビッドな色かもしれないですし、逆にもっとトーンを落としたものかもしれない。その共有はとても大事にしました。 映画を通して考えたのは、三原色(赤、緑、青)は集まると白くなる、ということです。光が集まっていき、色が集まっていき、やがてそれは白になる。その予感をずっと感じられるような色彩設計を目指しました」 本作の冒頭では光は大量にレンズに集まり、時に光はあふれ、ピントの合わない淡い像をつくりだすが、物語が進むにしたがって光の入り方も、画面の色も、フォーカスにも変化が訪れる。『きみの色』は色や光が映画全体の中でどのように変化していくのかが丁寧に設計され、色や光が物語の進行にリンクするように変化していく。 「映画をつくる意味のひとつはそこにあると思っています。映画全体を通して観た時の演出、時間の流れ方、色の見せ方をまとめて設計して、観客に観てもらうことができる。色も光も含めて設計して、観てくださる方の気持ちをどこに持っていくことができるのか? そのことを考えている時がたまらなく楽しいんです」 そのため、カメラを置く位置=どの場所からキャラクターを見るか? も入念に設計されている。『聲の形』や「平家物語」では場面によってキャラクターにグッと近づいたアングルで物語が描かれたが、『リズと青い鳥』では全編にわたって“隠し撮り”のような位置からキャラクターを見つめていた。本作で山田監督はトツ子、きみ、ルイに過剰に近づかない場所にカメラを置いている。 「そうですね。“私は私。あなたはあなただから”と思える場所、キャラクターの行動に抵触しないけど否定的にはならない距離感で撮りたいと思っていました。冷たくもなく、過保護でもない位置(笑)を意識しましたね。作り手がキャラクターをコントロールしているように、演出していることがわかるように見せたくないんです。その瞬間にキャラクターが人格を失ってしまうような気がして。カメラを置く場所はその作品が“世界をどう見ているのか?”にも直結していると思うので、すごく大事にしています」