社説:論戦スタート 自民政治の歪みただすのは
先の政権交代から12年。不信を増す自民党政治の歪(ひず)みをただせるのは、石破茂政権なのか。それとも野党に力を与えて託すのか。きのう公示された衆院選で最大の選択肢だ。 もとより急速な少子高齢化に伴う人口減少、生活を圧迫する物価高、地震と豪雨を受け能登半島で続く避難生活、ウクライナや中東での侵略と虐殺、激化する米国と中国の対立など内外に課題は山積する。各党の処方箋が問われる。 ただ、それを前に進める土台は、国民の政治への信頼にほかならない。危機的に損なわれている現状を放置すれば、日本の再生はつまずき続けるだろう。ウミを出し切る政治改革は待ったなしだ。 新政権に期待と批判 前回衆院選から3年。反社会的な問題を起こしてきた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と、政策協定を結ぶなどして選挙支援を受ける。非課税の優遇を受ける政治資金を裏金化し、選挙や飲食に充てる。そんな自民の病巣が次々にあぶり出された。 岸田文雄前政権は対応を誤ったと言わざるを得ない。いずれも自民内の形式的な調査にとどめ、真相究明には後ろ向きだった。腐敗の中心が党最大勢力の安倍派であり、足場が弱い岸田氏は政権維持のために配慮を重ねたといえる。 年末に裏金で逮捕者が出た後も岸田氏は、野党が求める企業団体献金や資金パーティーの禁止など再発防止策を避けた。数の力で通した改正政治資金規正法は「癒着の温床」と「抜け穴」を残した。 効果の不透明な減税や物価高対策で国民の不満をそらそうとしたが、今年に入って内閣支持率は2割台に張り付いたまま。四面楚歌(そか)で退陣に追い込まれた形である。 自民総裁選で事態打開を託されたのが「党内野党」といわれ、不遇をかこっていた石破氏だ。安倍晋三―菅義偉―岸田の3政権に対し批判的な「筋論」を唱え、国民人気が高かった点が「選挙の顔」に押し上げられた要因だろう。 持論は封印のままか だが、今月1日の首相就任以来の振る舞いには疑問が多い。 わずか8日後に戦後最短で衆院を解散した。各党代表質問と党首討論に3日間を充てただけ。議員任期を1年残す中、総裁選では予算委員会での議論を通し、選挙の判断材料を示すとしていた。 政権発足の「刷新感」に乗じ、ほころびが出ないうちに選挙へという党利党略が際立つ。 その姿勢は所信表明にも見えた。地方創生の強化以外は具体性を欠く。「政治とカネ」の問題は「令和の政治改革を断行」というだけで、何をするか触れない。 一方、世論調査で厳しさが伝わると裏金議員の比例重複を認めず、一部は非公認とした。だが、真相が曖昧なままの不透明な線引きは形だけの見せしめに映る。当選すれば追加公認する構えだが、それで闇にふたをするなら、岸田氏の轍(てつ)を踏むことになろう。 首相は裏金事件の解明と再発防止を踏み込んで語るべきだ。 石破氏は総裁選で、世論の過半や経団連が求める「選択的夫婦別姓」の導入、法人税や富裕層の金融所得への課税強化に意欲をみせた。12月の健康保険証廃止の見直しに賛同し、「原発ゼロ」へ最大限努力するとも述べた。 選挙公約では、一連の主張を封印し、岸田政権の主要政策を踏襲した。その評価は争点になる。 安倍政権以来の経済政策アベノミクスは、金融や財政を痛める弊害が著しい。岸田氏は金融の正常化に踏み出したものの、財政の膨張を加速させた。予算「倍増」を決めながら、防衛費と少子化対策の財源の手当ては先送りした。借金財政の健全化は避けられない。 安倍政治の強権的で国会を軽視する手法は、岸田氏も引き継いだ。閣議決定で敵基地への攻撃能力保有や原発回帰を進め、国会で十分説明しない。これを批判していた石破氏は、臨時国会をみる限り改める気配が見えなかった。 「多弱野党」脱せるか 岸田氏同様、党基盤の弱い石破氏は世論が最大の支えだろう。国民の批判と期待に向き合い、石破カラーを出して勝利してこそ、党内を抑えられるのではないか。選挙中の首相の言動を注視したい。 政権批判の受け皿となる野党も課題を抱えたまま選挙に入った。 衆院選は「政権選択」の選挙であり、野党第1党・立憲民主党の野田佳彦代表も「政権交代こそ最大の政治改革」と訴える。 ただ、立民での単独過半数が見通しにくい以上、日本維新の会など他の野党と候補を一本化し、与党との一騎打ちに持ち込む必要があった。京都、滋賀をはじめ多くの競合区が残った。 この3年、方針や政策のぶれもみられた立民に加え、政権に近づいた時もあった維新や国民民主党の姿勢も問われよう。 「1強政治」に甘んじてきた「多弱野党」の反省も踏まえ、野党で過半数を得たなら政治改革など一致して動く構想を示してはどうか。選挙中でも遅くあるまい。 京滋とも投票率は5割台が続く。主権者の一票で、停滞する政治を動かしたい。