謎の四字熟語「已己巳己」。なんて読む?どんな意味?【知って得する日本語ウンチク塾】
江戸時代に生まれた「已己巳己」という不思議な語
国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。 今年の干支は「巳年」ですが、「巳」にはそっくりな漢字が2つあります。「已」と「己」です。よく見ないと区別できませんが、江戸時代の人もそれを面白がったのでしょう、「已己巳己」という不思議な語を生み出しました。 なんと読むかわかりますか? 「いこみき」「いこしき」と読みます。 「已」は音は「イ」 「己」は音は「コ」「キ」 「巳」の音は「シ」ですが、訓では「み」と読みます。 「已己巳己」で「己」を2回使ったのは2つある読みをどちらも使いたかったからかもしれませんが、ちょうどうまい具合に四字熟語のようになりました。そして、ちゃんと意味も考えられました。 互いに似ている物をたとえていう語です。
「已己巳己のよふに廓の格子先」と読まれた風景とは
江戸時代の川柳句集『柳多留(やなぎだる)』の一二一乙編(1833年)に以下のような句があります。 「已己巳己(イコミキ)のよふに廓の格子先」 「格子先」というのは、遊郭にある遊女屋の道路に面した店先のことです。ここに格子をめぐらした部屋があり、遊女たちはならんで客を招いていたのです。「よふに」は仮名遣いを間違えていますが「ように(やうに)」で、格子先にならんでいる遊女たちは「已己巳己」のようだ、つまりよく似通っているという意味です。 江戸時代の人たちはこの語をけっこうおもしろがっていたようで、他にも雑俳(ざっぱい)という俳諧から生まれた遊戯的な内容の俳諧で使われている例があります。 さらにはそのものずばり『已己巳己』(1668年ごろ)という書名の俳諧書もあります。これは「いこしき」と読みます。なぜそう読むのかというと、同内容の別の本に「以古志喜 (いこしき)」と書かれているからです。この本の後書きには、いずれの句も甲乙つけがたい出来栄えなので、似た文字を並べた「已己巳己」という書名にしたと書かれています。この本は雑俳の本ではありませんが、何となく遊び心を感じさせます。 江戸の人たちのこうした発想って素敵ですね。「已己巳己」という語をどこかで使ってみたくなりませんか? 記事監修 神永 暁|辞書編集者、エッセイスト 辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。