別居の危機も…64歳の夫が「定年迷子」から脱出するまで
夫にカードの支払いの多さを指摘され
「ママ、どうしたの? なんでおなか叩いてるの?」 寝ぼけ眼で寝転がったまま上を見上げる夫。その頭上にパソコンを投下する衝動にかられたが「なんでもないよ~。3時のお茶にする?」などと作り笑いをした。 やせ我慢は続かない。ある日の昼食後、夫からカードの支払いの高さを指摘され「ママ、ポチポチし過ぎでしょ」と言われた。知らぬ間にストレスを買い物で紛らわしていた。ぷつっと心の糸が切れ「うっるさいな。稼げばいいんでしょ」と言い返してしまった。 夫の目に怒りが宿る。あ~、やらかしたと思った瞬間、息子が「子どもの前でみっともねーぞ」と口を挟んだ。ぷんぷんしていた私は「すみません」と謝り仕事場に消えた。その後も数えるほどだが、険悪な空気になった。離婚する気はないけど、別居したほうがいいのかと悩んだ。 私たちの危機を救ったのは、夫の帰省だった。夫は退職から1年3ヵ月の間に2度にわたって帰省。数ヵ月ずつ九州でひとり暮らす母の面倒も見た。掃除に洗濯、朝昼晩の三食を一緒に作った。体調のすぐれなかった母を見違えるほど健康体に変えて東京に戻ってきた。
会社を辞めた時の「2つの失敗」
離れている間、お互いを見つめ直せたと思う。失敗が2つあった。会社を辞め立場の変わった夫への理解が足らなかった。ゆっくりやればと言いながら、夫のセカンドライフの道が定まるのを一番焦っていたのは私だった。2つめは序盤に二人で一緒に居すぎたこと。同じ時空にいると見えなくなる。2人して迷子になっていた。 退職届を出してから1年後の23年11月。夫が「ここに行こうと思うんだけど!」と言って指さしたのは、調理師専門学校だった。家や九州の実家で、私たち家族や母親に食事を作った経験から、料理への興味が高まったそうだ。 「みんなに美味しい、美味しいって言われて嬉しかったんだよね。喜びを感じたというか。もっとうまくなりたいと思ったし、それを仕事にできたらいいうなって考えたんだ」 すでに64歳という年齢の自分が、アルバイトにしても飲食の仕事を見つけるにも「調理師免許があれば少しは自信をもってできるかなと思った」。他方、調理師免許は飲食店などのキッチンで一定期間アルバイトしながら取ることもできる。が、「まったくの素人だから学校で勉強してみたい」と目を輝かせた。