【毎日書評】抗うとは?マスコミに人生を狂わされても「僕は親が好きなので」といえる強さの秘密
人間として純粋に嫌なんですよね
1998年7月25日に起きた「和歌山カレー事件」とは、和歌山県和歌山市園部地区の夏祭り会場で提供されたカレーを食べた67人が吐き気や腹痛を訴えて病院に搬送され、4人が死亡したという事件。のちの調査でカレーにヒ素が混入されていたことが判明し、元保険外交員・主婦の林眞須美さんが、夫の林健治さんとともに逮捕されました。 本人も認めていますが、健治さんには保険金詐欺の犯歴があるため、まずはそれを理由に逮捕されたのでした。そして以後、カレーへのヒ素混入による殺人及び殺人未遂容疑で再逮捕、起訴。林眞須美さんは一貫して容疑を否認していますが、2002年12月11日に死刑が言い渡されました。 しかしその後、この事件に関しては直接証拠がなく、状況証拠の積み重ねだけで有罪とされている点が明らかになっていきました。健治さんも「眞須美が金にならないことをやるはずがない」と述べていますが、そうでなくとも犯行動機が不明瞭なままなのです。 とはいえ、保険金詐欺で得たお金で派手な生活をしていた林夫婦が“なにかと目立つ存在”であったことも否定できない事実。たとえば執拗なマスコミに対してホースで水をかける眞須美さんの姿が幾度となくテレビで流れたこともあり、「林家=悪者」というシンプルすぎる図式が多くの人の脳裏に刷り込まれていくことになったのでした。 そしてその結果、林家は崩壊。2021年6月9日には林くんのお姉さんが、当時4歳だった自身の次女とともに関西国際空港連絡橋から身を投げて世を去りました。その背後にはカレー事件による家庭崩壊だけでなく、お姉さんの夫による虐待などさまざまな事情が絡んでいるのですが、マスコミはまたもや必要以上にセンセーショナルな報道を繰り返しました。 お仕事場聞かなければいけない立場ではあると思うんですけれども、それでも初対面で「お姉さんが死んでどうですか?」ってなかなか聞けることじゃない。 メディアの方々は、「これが私たちの仕事なんで」「これがジャーナリズムなんで」と口々に言うんですけれども、僕としては抗うという以前に、人間として純粋に嫌なんですよね。ほっといてほしい。でも、そんな思いがあっても容赦なく(取材に)来るので。(131ページ) マスコミにあらぬことを書かれることを恐れていたため、以前の林くんは取材時にも意識してヘコヘコしていたのだそうです。 しかし、お姉さんの死を経験してから「このままマスコミと対峙していると、いつか自分がつぶれるな」と感じるようになり、以後はきちんと発言するようになったそう。Xでの積極的な発信も、それが発端になっているわけです。(120ページより)