セアカゴケグモの移動法ほか、クモの外来種の裏話(奥村賢一/クモ研究者)
観光地に棲むグラバーヤチグモの特殊事情
本種は筆者が2005年に長崎県長崎市のグラバー園へ観光目的で入った際に、雌個体を偶然発見した。発見場所は幕末から昭和初期に貯蔵庫として使用されていた人工洞窟である。 当初は種までは確定できなかったがその後2007年の雄の発見により、中国湖南省から記載されたSpiricoelotes zonatus (Peng & Wang, 1997)と判明(主に長江周辺の中国南東部に生息)、発見場所に因んで和名をグラバーヤチグモとし、国内初記録として報告した。体長は最大1cm程度で灰色の体色を持ち、洞内の壁面や隙間に小さな棚状の網を張っている。確認されている自然分布域に中国東北部や朝鮮半島、台湾や南西諸島は含まれないことに加え、以下に示す複数の歴史的根拠により、本種は上海付近から移入された外来種であるとみなした。 生息場所は貿易に携わっていた外国人居留地内の貯蔵庫跡で、近隣のいかなる場所からも未発見であるため洞窟が掘られる前(鎖国時)までは存在していなかったこともある程度予想がつく。幕末の開国直後の長崎は中国(当時は清)南部との交易が盛んで、貿易商として日本の経済発展の役割を担ったトーマス・グラバーやフレデリック・リンガーは長崎在住以前にいずれも中国南部(グラバーは上海、リンガーは九江)での滞在歴がある。 昔は冷蔵庫がなかったため、低温を保つことができる洞窟は他の国でも食料貯蔵などに使用されていたはずである。そのため輸出品を保管していた中国側の貯蔵庫内にいた個体がそのまま長崎まで運ばれた可能性が高い。 以上のような歴史的背景から、本種は鎖国終了後に船の積荷とともに上海付近から持ち込まれた後、本来の生息環境に適合した洞窟へと運良く運ばれたためその後も狭い洞内で細々と生き延びてきたと考えられる。 2014年の生息確認以来10年間現地には行っておらず、現況が気になったため2023年に久しぶりに調査を行った。生息場所である人工洞は通常進入禁止とされているので、調査には長崎市の許諾が必要となる。