プラチナバンドで“2026年のタイムリミット”に備える楽天モバイル、思惑はうまくいくのか
去る6月27日、楽天モバイルが「プラチナバンド」と呼ばれる周波数帯の1つ、700MHz帯による商用サービスの提供を開始したことを発表。同日に楽天モバイルが実施した記者発表会では代表取締役会長の三木谷浩史氏が登壇し、派手な演出でプラチナバンドによるサービス開始をアピールするなど、サービス提供にかなり力が入っている様子だった。 【画像】700MHz帯での通信デモ ■プラチナバンドが有効になる2つのケース 力を入れる理由は、やはり1GHz以下で障害物に強く、広域をカバーしやすいプラチナバンドが携帯電話会社にとって非常に重要でありながら、後発の楽天モバイルにその割り当てがなかったためだろう。 実際楽天モバイルは、プラチナバンドの割り当てがないことが競争上非常に不利だと、総務省での有識者会議で強く訴えていた。喧々諤々の議論の末に、一時は競合他社のプラチナバンドを楽天モバイルに割譲する可能性が出てくるなど、業界全体に大きな混乱ももたらしていたのだ。 だがその後、他の3社に割り当てられている700MHz帯と、隣接する地上テレビ放送や特定ラジオマイクなどとの干渉を避けるために空けている帯域の一部を、携帯電話向けに割り当てても大丈夫なのでは?という案が浮上。さまざまな検証の末にこの案が通ることとなり、2023年10月に楽天モバイルがその免許を獲得。ようやく念願のプラチナバンド獲得へと至ったわけだ。 そのプラチナバンドを、総務省に提出していた「2026年3月開始」の予定を大幅に前倒ししてサービス提供を開始できたのだから、楽天モバイルが大々的なアピールをしたい気持ちはよく分かる。一方で、発表会での同社の説明を聞いたり、プレスリリースの内容を見たりすると、プラチナバンドの活用がかなり限定的なものになるのでは?という印象も強く受けている。 そもそもプラチナバンドが有効とされるケースは、大きく2つある。1つは都市部のビル影や地下など、入り組んでおり高い周波数の電波が届きにくいにくい場所をカバーする場合。そしてもう1つは、地方や郊外などのエリアを広くカバーしようとする場合だ。プラチナバンドは障害物に強く遠くに飛びやすいので、少ない基地局でこうした場所のエリアカバーがしやすいのが最大のメリットとされているわけだ。 だが今回、楽天モバイルがプラチナバンドの活用を打ち出しているのは、前者の都市部に関する部分のみで、後者の地方や郊外への活用には言及していない。実際同社は、700MHz帯を「残されたカバレッジホール」、つまり既存の1.7GHz帯でカバーできていない “穴” となっているエリアを優先して展開を進めるとしている。 加えて同社は、700MHz帯と1.7GHz帯の無線機やアンテナを一体で整備するとしており、700MHzを単独で活用する考えはないようだ。理由として、一体での整備によってコストや整備にかかる時間を削減できることを同社は挙げているが、700MHz帯より遠くに飛びにくい1.7GHz帯と一体で基地局を展開することは、遠方のカバーにあまり重点を置いていないことも同時に示している。 なぜ、700MHz帯の活用を都市部に限定するのかといえば、理由は2つあると考えられる。1つは、楽天モバイルが赤字で経営が非常に厳しいことから、採算性が低い地方のネットワーク整備に消極的になっているため。そしてもう1つは、今回割り当てられた700MHz帯の帯域幅、要はデータが通る道幅がとても狭いためだろう。 実際、その幅は3MHzだ。他の3社に割り当てられている700MHz帯が10MHz幅であることを考えると、その3分の1以下でトラフィックが集中するとパンクしてしまう可能性が非常に高い。楽天モバイルの料金プランは使い放題の「Rakuten最強プラン」のみであるのに加え、最近ではスマートフォンでの動画視聴が増え、通信トラフィックは増加傾向にある。したがって、地方であっても700MHz帯を単独で整備するのはリスクが高いと見ているのではないだろうか。 ■ローミング契約切れに向けた、今後のネットワーク整備の行方 現在は、KDDIとのローミングで地方を主体とした広いエリアを賄っている。だが、そのローミング契約は2026年9月末に切れることから、いずれは自社単独でエリアカバーする必要に迫られる。その特性上、700MHz帯を思うように活用できない中にあって、楽天モバイルはローミング契約が切れる “タイムリミット” に向け、どのような形で今後のネットワーク整備を進めようとしているのだろうか。 まず都市部についてだが、総務省に提出した計画の通り、2026年3月までに700MHz帯の整備を進めてエリアの隙間を埋めると共に、トラフィック対策として5G向けに割り当てられた3.7GHz帯の活用を、より進めていく方針のようだ。3.7GHz帯は2024年に衛星通信との干渉に関する問題がおおむね解消され、人口が多い関東圏でも多くの場所でその実力をフルに発揮できるようになったことから、同社としても今後より5Gの整備に力を入れていくものと考えられる。 一方で地方に関しては、700MHz帯の活用に消極的なことから、当面は既存の1.7GHz帯を強化する方向に動くのではないかと考えられる。実は楽天モバイルの1.7GHz帯は、最初に割り当てられた20MHz幅に加え、もう1つ東名阪以外で使える20MHz幅が割り当てられている。そのため地方でのトラフィック対処には、3.7GHz帯より遠くに電波が届きやすく、しかも整備コストが抑えやすい2つの1.7GHz帯を活用していくものと考えられる。 では、それでもカバーできていないエリアはどうするのだろうか。楽天モバイルがこれまで公表している情報を見る限り、同社のネットワークの人口カバー率は98%とされており、99%以上を超えている競合と比べ、今なお不利な状況にある。一方で残るエリアは人口が少なく一層採算性が低いことから、プラチナバンドがあってもなお、赤字が続いている楽天モバイルが整備を進めるのは難しい。 だが楽天モバイルは2026年内に、米AST SpaceMobileと、衛星とスマートフォンの直接通信によるサービス提供を目指していることから、そうしたエリアは基地局を整備せず、衛星通信で賄おうとしているのではないか。もちろん衛星通信も、帯域幅を考慮すれば大容量通信には向かない。だが、経営が厳しい楽天モバイルは設備投資が抑えられる衛星通信を、地方のエリアカバーの鍵として積極活用する可能性が高いと筆者は見ている。 ただ、楽天モバイルのそうした思惑がうまく進むかは不透明な部分も多い。とりわけ衛星通信は、提供までにさまざまな障壁をクリアする必要があることから、予定通りにサービスを開始できるか見通すのが非常に難しい。ようやくプラチナバンドによるサービスの提供を開始できた楽天モバイルだが、2026年に向けて気が抜けない状況が続くことは間違いなさそうだ。
佐野正弘