【復刻掲載】「"リアル鉄"・石破茂とゆく寝台特急の旅!」2009年の週プレ独占インタビューを再掲載!
■鉄道にはやっぱりドラマとロマンを! 『スーパーいなば』が、岡山・鳥取県境の志戸坂トンネルを抜けると、風景は一転、急に雪深い景色が現れた。 「これを見ると、『ああ、帰ってきたなあ』といつも思います。山陰ですね」 そして、山陰が生んだ大物政治家である故・竹下登氏との交友に話が及んだのだった。 「竹下先生は隣の島根でしたけど、一度だけ『出雲』で一緒になったことがありました。平成2年1月、私が当選1回で明日解散って日。東京に帰る『出雲』に乗ったら、竹下先生も乗ってた。で、個室寝台へ行って『頑張ります』ってあいさつしたら『石破なあ、おまえはお前が想像もしてなかったような票で当選するだろう』って。 ――選挙の神様と呼ばれた竹下登氏からそんなことを言われたとは! 「当時は中選挙区で、渡辺派の私は竹下派の代議士と競ってた。前回はダントツの最下位で当選。そして次の選挙、消費税導入で自民党にさらに逆風が吹いてて、俺は当選1回で終わりかな~なんて思ってました」 ――そこでどんな選挙活動を? 「ウソ言って当選してもしょうがないし、消費税賛成論を訴えました。調子いいこと言って国を潰してどうする、それで落ちたら仕方ないって。ところがダントツのトップ当選」 ――コビないところが支持されたんスね。 「そんななかで竹下先生に聞いたんです。なんで総理になろうと思ったのかって。そしたらこう答えたんです。『ワシはいつも『出雲』で帰っておった。大臣になるまで『出雲』で松江駅に着いても秘書しか迎えにこない。でも初めて大臣になったら知事は来るわ、市長は来るわ、市民もたくさん迎えに来る。ヒラの大臣でこんなに喜ぶんだったら、総理になったらさぞ喜ぶだろう。だから総理になろうと思ったんだわ』って(笑)。竹下先生一流の言い方でしたね。けど、同じ山陰人として、僕は竹下先生にものすごいシンパシーを持っているんですよ」 ――ということは、石破大臣にも今日、当然鳥取駅に知事がお迎えに来る? 「誰も来ないよ(苦笑)。アハハ」 ――さて、終点も近くなってきました。今のJRへ注文があれば、ぜひ。 「ない(即答)。経営陣と話してると、とにかくビジネスに徹していることがありありとわかるもんね。ドラマやロマンを今のJRに求めることはもう無理だな~と諦めの境地にあるので」 ――でも、大臣がおっしゃらないと物申す人が誰もいなくなっちゃいます! 「いや、鉄道ロマン派が絶滅するのを待ってるんじゃない? 彼ら的には700系『のぞみ』も面白いんだろうし。でも、0系新幹線の一等車で感じたような〝別世界感〟が今のJRにはないね。それをいま感じさせるのは『北斗星』『トワイライトエクスプレス』『カシオペア』ぐらいじゃないかな?」 ――寂しい風潮に負けないよう、最後に鉄道ファンにメッセージを。 「『あきらめるな 列車は決して なくならない』『乗って残そう名列車』 鉄道は誰にも迷惑のかからない、いい趣味ですよ。僕なんか、ずっと席に座ってるだけで満足ですからね」 ――じゃあ、鉄道ブームももっと盛り上がれ、と。 「でも、鉄道趣味が超メジャーになってみんなが鉄道について語りあうってのは、あんまり楽しくないような気もするなあ。アイドル歌手でもそう。あんまり売れないうちがいいじゃないですか(笑)。本音は、あんまりメジャーになってほしくないかもね」 ――さすが大臣、キャンディーズのミキちゃんファンだっただけあって、シブ好み。 「にわかファンに知ったかぶりで語られたりすると、チェッて思いません? まあ、当然そんな人はすぐ冷めるでしょうけど。そういうものを愛情とは言わないんですよ」 ――大臣、やっぱ鉄道愛が深いっス。 そして列車は朝7時22分、猛吹雪の鳥取駅に到着。やはり知事は出迎えに来なかったが、大臣は秘書とSPに囲まれ足早に吹雪の街に消えたのだった。 ●いしば しげる1957年2月4日生まれ、鳥取県出身。慶應義塾大学法学部卒業。三井銀行を経て、1986年、衆議院議員当選。現麻生内閣では農林水産大臣を務める。無類の軍事マニアとして有名であるが、同時に乗り物ならすべて大好きという根っからの男のコ。好きな車窓は、サンライズ上りの熱海~小田原間で見える海の風景(プロフィールも掲載当時のママ) 構成/関根弘康 撮影/本田雄士