ネアンデルタール人はイヌの価値気づかず絶滅?イヌ家畜化はいつ始まったか
遺伝子データによる「イエイヌ起源」の年代推定
イエイヌが初めて現れた時期は諸説あり、その具体的な数値にはかなり開きがある。1990年代からこの研究は現在にいたるまで非常に盛んだ。昨年(2017年)だけみても、いくつもの関連の研究論文を私は見かけた。この事実はイエイヌの起源に関して、「はっきり分かっていない」事実がいまだに存在していることを示している。すでにはっきりわかっている事実なら、心血と費用を費やしてわざわざたくさんの人が研究するはずがない。(架空の存在である人魚姫やネッシーを真剣に探している科学者はいないはずだ。) 過去30年以上にわたり推定された具体的な「イヌ起源」の年代を見渡してみると、とりあえず「13万5千年から1万1千前」の間におちつくようだ。 桁がひとつ違うが、これは誤植ではない。その差はざっと10万年以上になる。この差は、非常に大きい。特に(後述するように)イヌペット化の原因を探る時、大きな問題になってくる。初期人類の進化史の流れをながめてみると、10万年の間、実にさまざまなことが起きているからだ。 例えば13万年前の中期更新世において、ホモ・サピエンス以外のホモ属の種もいくつか、我々の直接の祖先と共存していたようだ。はたしてどのヒト属の種が、それまで未知な存在であったイヌ達を「初めて手なずけたのか」という議論さえ可能かもしれない。 そして、1万1千年前といえば、世界各地において農耕文化がすでに芽生えはじめていたころだ。土器や言語、かなり先進的な石器なども使われていた。こうした「技術」と、それらを可能にした「知性」が、イヌとコミュニケーションをとる時に、鍵となった可能性はなかっただろうか。 以下にイエイヌの起源に関する主な推定値をまとめてみた。その際、二つのカテゴリーに分けて考えてみることが重要だ。まず、イエイヌ直接の祖先であるオオカミと、進化史上、いつ枝分かれしたのか。いわゆる「イエイヌの起源」だ。そして、もう一つは、イヌの「家畜化・ペット化」のはじまった時期だ。 この「二つの起源」は同時に起きたという仮説が(伝統的に)根強かったが、最近の研究は、別の進化上の出来事であった可能性を指摘している。遺伝子的にイエイヌと定義できる個体が出現しても、しばらくの間、野生または半野生のライフスタイルを維持していたわけだ。そのため二つのカテゴリーに分けて、ここで紹介してみたい。 135,000万年前:Vila等(1997)等によって発表された、初めてのmDNAのデータにもとづくハイイロオオカミ(Canis lupus)とイエイヌの分岐年代に関する研究の一つ。以来、この推定値はさまざまな文献やニュースなどで取り上げられてきた。そのため代表的な数値としてあちこちで見かける。しかし最近の研究は「古すぎるのではないか」という意見もみられる。 20,000―40,000年前:250匹以上のイヌとオオカミのゲノム・データによる(Botigu●等2017※)。この中には新石器時代(約7000年前)の個体のものも含まれる。ヨーロッパにおける単一の起源説を強く提唱している。 18,800年前―32,100年前:1000~3.6万年前の18点におよぶオオカミやイヌの化石サンプルをもとに行った研究による(Thalmann等2013)。この中にはシベリアで発見された「アルタイ・ドッグ」も含まれている(後述するように初期のイヌの一つと考えられている)。イヌは中央ヨーロッパのハイイロオオカミからから一度きり進化が起きたと結論付けている。 32,000年前:Wang等の研究チームが2013年に発表したゲノム・データをもとにした推定値。中国においてイエイヌがはじめて現れた仮説をたてている。 27,000年前:氷河期のオオカミ(Taimyr wolf)の骨から抽出されたmDNAにもとづく研究による(Skogkund等201500432-7))。現生の個体でなく太古のDNAデータを取り入れたパイオニア的な研究の一つ。シベリアなど寒冷地のオオカミが、イヌに枝分かれした可能性を指摘している。 11,000―16,000年前:同じくゲノム・データをもとにしたFreedman等(2014)による推定値にもとづく。上の研究結果とやや異なる数値が提案されている。データはハイイロオオカミとバセンジーやディンゴなど初期形態を備えたイヌの仲間が選択された。 14,000―6,400年前:Frantz等(2016)は、アイスランドの遺跡地のサンプルなどをもとにイエイヌがヨーロッパと東アジアにおいて二度「別々に」出現した可能性を仮説として発表した。このアイデアは画期的で(その真意は別として)興味深い。 イヌが誕生した時期の推定値の違いは、データの質や量の違いもとづくようだ。例えばmDNAを用いるのか、それとも遺伝子の総体であるゲノムを使うのか。そして、サンプルを抽出するのに選択された個体だが、どの犬種やオオカミを用いるのか。こうした組み合わせの差が結果の違いとして表れる可能性が当然ある。そしてFan等(2017)は、現生の個体だけでなく、遺跡地などで見つかるイヌやオオカミの骨格から手に入る「太古の遺伝子」をもっと調べるべきだという提案をしている。 ※●はシステム環境で表記できない文字で、「e」の上に「’」がつく