立民幹部が名指しした「枝野氏の足かせとなった人物」とは? “A級戦犯”二人の命運を分けたのは
自民党新総裁に先駆けて、立憲民主党の新代表が決まった。下馬評で本命視されていた立民の“創業者”枝野幸男前代表に決戦投票で競り勝ったのは、野田佳彦元首相だった。 【写真をみる】枝野氏の足かせとなった“人物”とは?
枝野氏が敗れた要因は?
政治部デスクが解説する。 「枝野氏が敗れた大きな要因は自身が顧問を務める党内最大グループ“サンクチュアリ”が一枚岩でなかったこと。3年前の衆院選で議席を減らし、代表を引責辞任した枝野氏の再挑戦には“時期尚早”との声がグループにくすぶっていたのです。ただ、枝野氏に近いアノ人も足を引っ張りました」 そもそもサンクチュアリは社会党系グループの勉強会だったが、旧民主党政権末期に“派閥”化して現在に至る。メンバーは約30人でリベラル色が濃く、旧社会党書記長で令和3年に政界から引退した、赤松広隆元衆院副議長がいまも影響力を持つとされる。 「赤松さんは、代表を降りた直後の枝野をふびんに思って招き入れた。彼の入会はサプライズでしたが、結党精神を守りながら捲土重来を期そうと、仲間作りが下手な枝野の面倒を見たわけです」(グループ幹部) その後、枝野氏は平成29年秋に行われた衆院選の直前に立民を立ち上げた。 再び先の政治部デスク。 「当時、希望の党を立党した小池百合子都知事が、合流を模索した民進党のリベラル系議員を排除したことを受けた動きでした。SNSを中心に“枝野立て”と支持が広がって野党第1党に躍り出ましたが、国民民主党との合流や令和3年の衆院選での共産党を含む野党共闘路線が“野合”と批判されて失速しました」
「トップダウン型の党運営に逆戻りさせかねない」
他方、9月27日には自民党で新総裁が誕生する。 「誰が総裁になっても、衆院解散は待ったなし。枝野氏が決戦投票で敗れたのは、先の総選挙で党勢を衰退させており、党内の“有権者にアピールできない”との懸念を払拭できなかったからです。といって、野田氏も首相だった平成24年に解散を宣言して旧民主党政権を崩壊させた。二人はいまも“A級戦犯”なんです」 リベンジを期した枝野氏の足かせとなった人物を、立民幹部が名指しして言う。 「立民の結党に深く携わった、枝野さんの最側近である福山哲郎元幹事長です」 福山氏には、かねてから“唯我独尊”“常に尊大”との悪評が絶えないという。 「2年前、あるネットメディアに立民が約1500万円を提供していた事実が問題視されました。“理念に共感した”と出資を主導した福山さんを、他の幹部は“福山個人の判断だった”と突き放した。党内に彼を擁護する人は皆無でしたね」 そんな人柄が災いして、 「枝野さんが代表に復帰すれば“二人がトップダウン型の党運営に逆戻りさせかねない”と危惧する議員は多かった。福山はサンクチュアリのメンバーではありませんし、枝野さんも実際は外様扱い。近藤昭一会長も8月末の総会で“枝野さんを〈基軸に〉全力で支えていこう”と、微妙に造反を容認する言い方をしていた」 2代続けて創立メンバーが代表から外れたいま、立民は「悪夢の3年3カ月」と揶揄された旧民主党への先祖返りが危惧されている。
「週刊新潮」2024年10月3日号 掲載
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