すっかり忘れていたはずなのに…人気歌人・穂村弘が新刊『迷子手帳』で明かす「恥ずかしい記憶」
夢見る小学生の私が取った行動は…
当時、我が家ではセキセイインコを飼っていた。良く馴れて手や肩にのり、物真似もする。さすがに学校に連れて行くのは無理だけど、肩にのせて近所を散歩するくらいはできそうだ。前述の妄想の、より具体的なイメージとしては「放課後の公園のブランコに一人ぽつんと座って肩にのせたインコとだけ心が通じ合っている少年」である。その姿を偶然見かけたクラスの女子が少年の孤独な横顔に、はっとする。 「名前なんて云うの?」 「ほむら」 「ちがう。それは知ってるよ。訊いたのは、その子の名前」 「あ、そうか。ピーコちゃんだよ」 「可愛いね。触っていい?」 「え、うん、いいけど」 ははははははははははは。何が「え、うん、いいけど」だ。馬鹿め。なるか。そんな展開。いや、もう、頼む。勘弁してくれ。 でも、夢見る私は実際に試したのである。ピーコちゃんを肩にのせて、おそるおそる玄関のドアを開ける。何歩か踏み出したところで、初めての外界に驚いたピーコちゃんが暴れ出した。うわっ。慌てて捕まえて、すぐに室内に撤退。我が野望は数秒で潰えた。 それにしても、と思う。何故、そんな無謀な夢を抱いたのか。しばらく考えて思い出したのは、城みちるのことである。当時の人気アイドルで、そのデビュー曲及びキャッチコピーが、確か「イルカにのった少年」だった。私の「インコをのせた少年」は、そこからインスパイアされたのかもしれない。
穂村 弘(歌人)