【2025年を読む】輸送量が急増しているカスピ海横断輸送路、対中デリスキングとは裏腹に貿易関係が深まる中国と欧州
■ EUが考える以上に強固な東西貿易の力学 TITRやCREによる輸送が増えているという事実は、中国とEUとの輸送ルートが、欧州委員会が考える以上に強固であることを意味している。欧州委員会は対中デリスキングという概念でその見直しを訴えていたわけだが、そもそも、強制的に供給網の再構築を図ろうとすると、それに伴い甚大なコストが生じることはEU自身が体現している。 具体的には、EUはロシアのウクライナ侵攻に伴い、EUは化石燃料の脱ロシア化を進めようとした。その結果、天然ガスに代表される欧州のエネルギー価格は高止まりを余儀なくされ、民意がEUから離れていくことになった。欧州委員会による一方的な要求が、汎欧州的に進む右派回帰の流れを作り上げていることは否めない事実である。 それに、年明けに米国でバイデン大統領が退場し、トランプ元大統領が返り咲くことで、米国とEUとの関係は再び緊張感を高めると予想される。そうなると、EUは中国との間でデリスキングを強めるよりも、むしろ中国との関係改善に努める必要に迫られる。少なくとも、EUの企業はデリスキングを図る動機を失うことだろう。 こう整理していけば、中国とEUの間の物流は今後も活発に行われるし、カザフスタンを介する輸送ルートが使われる可能性も高いと考えられる。航路を挟むというボトルネックも、輸送量が増えれば投資が見込まれるため、徐々に緩和するかもしれない。中国からEUへのみならず、EUから中国へのモノの輸送も増えるのではないか(図表)。 【図表 カザフスタンの貿易額の国別地域別内訳】
■ 軽視されがちな実利重視の中国の姿勢 中国は過剰生産能力という問題を抱えて久しく、その解消のために輸出という手段を重視する。購買力を高めたとはいえ、東南アジアに輸出できるモノは引き続きローエンドからミドルレンジに属する。一方で、購買力が高いEUの場合、ハイエンドのモノまで輸出することができる。その意味で、中国にとってEUは非常に重要な市場である。 ウクライナ侵攻を巡って、ロシアとEUの関係は極度に悪化した。一方で、中国とロシアは友好関係にあるが、だからといって、中国はEUとの対立を望んでおらず、むしろ輸出先として重視している。そうであるからこそ、中国はロシアを回避する輸送ルートを用いてまでEUへモノの輸送を行う。そして、この動きは今後も続くことになる。 こうした中国の実利性は、その実として見逃されがちである。その意味では、カザフスタンの実利性もまた注目されるところだ。ウクライナ侵攻を巡ってロシアとEUの関係が緊張する一方で、周辺の関係国が実利性に基づき行動をしている事実を正確に理解する必要がある。そうしないと、ユーラシアの国際関係を正確に捉えることができない。 ※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。 【土田陽介(つちだ・ようすけ)】 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。
土田 陽介